第8話 由紀の父親

 唐崎由紀はクラスメイトの椿祥子と滝沢玲子をつれて玄関から家に上がった。由紀はドアの開いた応接間に顔を出した。「友達が来たわ、お父さん。」


「入ってもらいなさい」と父の隆行。


「お久しぶりです」と祥子が応接間に入り、頭を下げて挨拶をした。


「祥子ちゃん、いらっしゃい」と隆行。


「こちらが、滝沢玲子ちゃん。同じクラスで学級委員と生徒会役員をしている優等生なのよ」と由紀が紹介した。


「よく来てくれたね。議員の滝沢家のお嬢さんかい」と隆行。


「そうです」と玲子はにっこり微笑んだ。


「由紀、彼女を巻き込んで大丈夫なのか」と隆行。


「私たちは何も変なことをしていません」と由紀。


「お邪魔させてくださいと私がお願いしたのです」と玲子。


「いや、食事会のことじゃない。範経君のことだ。彼は普通じゃない。危険な人物だ」と隆行。


「何を言うの、お父さん!」と由紀。


「今回の盗撮の件は濡れ衣だろう。彼が冗談でもそんな悪戯をしないことはわかっている。だが彼なら盗撮の犯人を見つけることは容易いはずだ。なぜ何もしない?」と隆行。


「女子更衣室や女子トイレでこそこそもの探しなんてできないからって言っていたわ」と由紀。


「そんな彼らしくもないことを信じているのか。家探しならお前と祥子ちゃんに頼めるはずだ。そもそも彼は犯人の見当がついている。あえて様子を見ているのだろう。だから彼はしばらく姿をくらまして、ほとぼりが冷めてから戻ってくるはずだ。転校の手続きは必要ないよ」と隆行。


「お父さんは範経のことを誤解しています!」と由紀。


「由紀、お父さんの言うことは正しいよ。わたしはそんな範経が好きなんだ。あいつは冷静な観察者で、誰よりも現実を見通すことができる。わたしの心の中も……。そして無駄なことは何もしない」と祥子。


「その通りだ。彼は君たちのような女の子を手玉に取るくらい造作もない。だから怖いのだ、由紀」と隆行。


「範経は冷酷非道な人ではありません」と由紀。


「彼はおとなしくてやさしい男の子に見えます」と玲子。


「彼がそう見えるように振る舞っているんだよ。彼は由紀や祥子ちゃんよりずっと勉強ができる。小学校や中学校にほとんど通っていなかったが、授業についていけなかったことがない。真面目に試験を受けないから実力がわからない。というか、彼は自分の能力を隠している」と隆行。


「由紀ちゃんは範経君と小学校で知り合ったと聞いてますが」と玲子。


「彼は由紀や祥子ちゃんに助けが必要な時だけ学校に出ていた時期がある。だから私は彼に感謝している。でも私には彼が何を考えているのかわからない。だから不安なのだ」と隆行。

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