《千枝子》

汐梨の額から、たらりと冷や汗が流れ落ちる。ハアハアと、呼吸も荒い。どんどん顔色が悪くなっていく。目は、絶望の色を浮かべている。今にも意識が無くなるのではないかと心配になる様子だ。

焦っているのが手に取るように分かる。

わたしは、彼女に聞こうとしていた。憑依されたのかを。先程、わたしは聞こうとしていたのだが、喉に何かがつっかえたかのように、声が出なかった。本能的に、聞いてはいけないと思ったのだろう。

なんにんも、同僚が死んでいった。あの様子のおかしさは、別人だから────憑依されたからでは無いだろうか。そして、汐梨は、意を決した様な顔をすると、突然口を開き、わたしに席を尋ねた。呆気にとられ、声が出せない。彼女が、この状況で、わたしに質問するとは思ってもいなかったからだ。

気づけば、かろうじて動く手を動かし、汐梨の席をゆびさしていた。汐梨は、ぽかんと空いた口を閉じ、とぼとぼと席へと、歩いていった。わたしは、彼女の反応に、驚き、その場に立ち尽くすのだった。

「千枝子」

後ろから声がかかり、わたしは、肩を震わせる。ハッとして、振り向けば、同期の沙苗さなえが立っていた。わたしを覗き込み、疑問に見開かれた目をパチリパチリと、開閉する。

「どうしたの?席に座らないの?」

彼女が痺れを切らしたように、わたしに問う。それはそうだ。わたしも、このように立ち尽くす人を見かけたら、疑問を投げかけるだろう。実際、美湖にも汐梨にも声をかけた。わたしは、沙苗に向けて頷くと、席へと向かう。席に座り、飲み物を飲むと、書類を出す。パソコンを出し、仕事の準備は整うも、 聞けなかった疑問が脳内をめぐり、悶々とした。

しおりの方を見る。彼女は凛と話していた。首をひねり、書類を指さしていた。仕事がわからないのだろうか。あの様子ではそうなのだろう。わたしは、仕事を始める。しかし、どうしても彼女の様子が気になってしまい、集中出来ない。ふと、彼女の方に目をやる。

汐梨も、わたしの方を見ている。目が合った。彼女は気まずそうに、下を向く。気づけば、わたしも目を逸らしていた。ていじになり、続々と人が帰っていく。次々と人が居なくなり、八時になる頃にはわたしと汐梨だけになっていた。九時になり、やっと仕事が終わり、わたしは帰る支度をする。オフィスを出ようとすると、帰ろうとしている汐莉とすれ違う。わたしは今回こそ、汐梨に質問しようと思い、声をかけた。声をかけた後で、今にも意識を失いそうな今朝の彼女の姿を思い出し、声をかけたことを後悔するのだった。

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