《千枝子》
「汐梨さん」
わたしは汐梨の姿をみつけ、声をかける。
声をかけたあとで、わたしは彼女の纏う違和感に気づく。暗く、陰鬱な空気を彼女はまとっていた。いつもきっちり着られていた制服は乱れ、髪はボサボサだ。連休前の彼女とは、様子が違う。疲れきった様子のようだが、どこか違う。汐梨が振り返る。わたしは彼女の顔を見て、驚愕した。目の下にはくっきりとクマができ、表情はとても陰鬱だ。わたしが何か言う前に、汐梨は決意したように、口を開いた。
「佐藤商事はどこですか」
いつも来ている会社を彼女が忘れるはずがない。わたしはそう思うと同時に、今まで同じような様子だった人々を思い出す。美湖も、このような様子だった。おかしくなった最初の日、彼女も私に会社の場所を聞いてきた。そして、その一年後に美湖は怪死を遂げた。死因は衰弱と言われた。しかし、噂によると彼女は顔を苦痛にゆがめていたという。いや、美湖だけでは無い。今までたくさんの人が、変死していった。聞いた様子も、皆同じだ。全員が衰弱だが、苦悶の表情を浮かべていたという。一度わたしも、友人を見とったことがある。彼女も、皆と同じ衰弱死だった。亡くなる瞬間、わたしがみたあの表情は今も忘れられない。夜になると、度々あのシーンを夢に見る。彼女は壮絶な叫び声を上げながら亡くなった。そうすれば汐梨も────。そんなことを考えてしまう。わたしは、なぜ会社の場所を知らないのか聞いてみることにした。
「なんで、忘れたの?あっちよ」
わたしはそう言うと、会社の位置を指し示す。
そして、わたしは会社へと歩き出した。しばらくすると、後ろから小さく足音が響き始める。振替えると、汐梨が、会社の方向に、歩き出していた。しばらく歩くと、会社が見え始め、気付けば、会社の前に着いていた。ドアを開け、仕事場に入る。ドアの前の席に座り、仕事を始めた。
ガラ───ッ
まもなくして、ドアが開き、しおりが入ってきた。辺りを見渡し、戸惑った様子だ。
「汐梨さん」
わたしは彼女に声をかける。
汐梨の額から、冷や汗が零れ落ちた。息を飲んだのか、彼女の喉が動く。畏怖に染っためで、わたしを見る。顔色は青ざめ、今にも倒れそうな様子だ。
わたしは口を開いた。
「座らないの?」
汐梨は安堵したかのように肩をなでおろす。顔色は相変わらず悪いが、先程みたいに真っ青では無い。
彼女は安堵のため息を吐いた後、再び戸惑ったような表情を浮かべた。再び辺りを見渡したり少しだけ進んで、また戻る。そのように落ち着かない様子だ。
わたしは薄々感じていた。今まで亡くなった人たちの様子がおかしかったのは、誰かに、憑依されたからでは無いだろうか。
「まさか、汐梨さん────」
続きを言おうとして、わたしの口は閉ざされた。喉に何かがつっかえたかのように、その言葉をわたしは言えなかった。
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