《汐梨》

気付けばわたしは、暗闇にいた。

呆然と立ち尽くし、虚空を見つめていた。

しかし、目に映るそれは、ただの暗闇だ。

一筋の光すらなく、目の前は、漆黒に染る。

状況が飲み込めず、わたしは辺りを見渡した。

当たりを見渡すが、見える光景は同じだ。

気づけば走り出し、先程の場所が分からなくなっていた。

もし、先程の場所からここに来たのであれば、そこが分からない今、帰れる可能性は低い───そんな事が脳裏に浮かび、わたしは後悔の念に支配される。

絶望におおわれ、とぼとぼと歩く。

コツン

つま先がなにかに触れる感覚が。

コツン

再び何かがつま先に触れた。なにか硬いものだ。岩かなにかだろうか。

ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ

足音が不気味に響く。わたしのそれでは無い、重苦しいものから、軽やかな音までが混ざったようなひとつの足音だ────。

気づけば、足音は増えていた。

いくつもの足音が響くのに、とても静かだ。

静寂と足音が両者主張し、静かでありながら、足音が響く────不気味な空間だ。

わたしは走り出す。

カチ、コチ、カチ、カチ……

時計の音が、突如鳴り響いた。

不気味に大きく耳をつく。

わたしはその恐ろしさに、走って、その場を逃げた。

気づけば時計の音は鳴り止み、再び静寂が支配している。

その場に立ち尽くしていると、混乱に隠されていた絶望が姿を顕にした。

絶望に打ちひしがれ、逃げ場のない恐怖に咽び泣く。

心を絶望が蝕んでゆく。

少しづつ、白いものが目の前に現れたと思えば、視界の端に、人影が映り込んでいた。

そちらに、めをむける。

首が動く、一秒もないその瞬間が、とてつもなく長く感じられた。

俯いているその人は、誰だかわからず言い知れぬ恐怖がわたしを襲う。

少しづつ、人は顔を上げてゆく。

バクンバクン

心臓が大きく飛び跳ねる。

先程感じたスローモーションのような感覚よりはるかにゆっくりと、人の顔が上がってゆく。

わたしは息を飲む。

そこに現れた彼女を見たから。

「美湖……。」

思わず目の前に立ちつくす彼女の名を呼ぶ。

美湖は再びうつ向き、言い淀むように口を開け閉めする。

わたしの頭に疑問が湧いた。

「美湖……。なんでここに?佳代子に憑依されたんでしょ…?」

ドクンドクン……。

答えを待つ間、心臓は、大きく波打っていた。

美湖は口を開く。

「なんで知ってるの…?そう。佳代子。霧島佳代子に憑依された」

霧島佳代子────その名前を聞き、知らず、喉が上下する。

霧島佳代子…霧島佳代子…脳裏で彼女の名前を繰り返す。

わたしの脳裏に、忘れていた記憶が蘇る。

わたしは佳代子を知っている。わたしは、元々、佳代子を知っていたのだ。そして、美湖の言葉で彼女の事を思い出したのだった。

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