《┈第一部┈》第一章
《佳代子》
わたしはもう、佳代子ではない。
そんなことを思う度悲しい気持ちになる。
そう……わたしは美湖の中にいる。美湖のまぶたを開け閉めし、美湖の足で歩き、美湖の声で話す。
話す度に、その声に違和感を覚える。
鏡を見る度に、その姿に違和感を覚える。
毎日、仕事に追われる美湖の生活は、わたしには耐え難い。仕事は初日、教わったが、わたしには難しく、とてつもなく辛い。
わたしがまだ、佳代子だった時のように静かに本を読んだり、花々や木々を眺めたりしたい。
そう思い、逃げ出したい衝動に駆られる。
美湖の暮らしは、仕事におわれ、見慣れぬパソコンを見詰める日々だ。
今までの生活と対照的な美湖の暮らしに息が詰まる。
わたしの最期を思い返す。
わたしは十五歳でこの世を去った。
孤独に支配され、体の温もりが消えてゆく。そんな感覚が、今の孤独と重なり、絶望が心をぬりつぶす。
美湖から離れる。それはわたしがまた暗闇に戻るということだ。
美湖として暮らす、暗闇に沈む、どちらにせよ嫌だ。そう思い、行き場がない恐怖に、絶望が心を塗り込めて行く。息が詰まるような恐怖と焦りが、絶望が心を侵食していく。
はぁはぁ
考えていると、息は荒くなっていた。
美湖の両親は、わたしの様子を心配してくれる。しかし、彼らはわたしを美湖と思っている。わたしが佳代子で、美湖に憑依したのだと言えば、憤怒するだろう。そうすれば、本当の孤独を味わうことになる。
「霧島さん」
なれないパソコンを操作していると声がかかった。
美湖の苗字はわたし、佳代子と同じだ。そう思い、複雑な気分になる。
彼女は、わたしに今夜の飲み会に行くように言うと、自分の席へと戻って行った。
わたしは、彼らといると、孤独を実感する。わたしは美湖では無い。そのことを実感してしまう。
重い足取りで、指定された居酒屋へ向かう。
一歩一歩が長く感じられた。
気づけば、居酒屋の前に立っていた。
シャ────ッ
扉を開け、中に入る。
「いらっしゃい」
店主の声がわたしにかかり、美湖の同僚のいる、席に通された。
皆が食事を注文する中、わたしはその場に蹲り、ただ俯く。
皆は楽しそうに話している。わたしの周りにはたくさんの人がいる。しかし、わたしは美湖では無い。彼女たちといても、わたしの心は孤独だ。
人は、わたしに様子が変だと言う。それはそうだ。わたしは美湖では無い。わたしは美湖を演じているつもりだった。
「美湖ちゃん、様子が変だよ。憑依でもされたの?」
酔った上司がそう言い、はははと笑った。
突然そう言われ、わたしの心がサーッと凍りつく。
その言葉に喉が詰まるような感覚に、わたしはなにも返すことが出来なかった。
そして居心地の悪いまま一時間が経ち、解散となった。
帰り道、いつものように美湖の家の前で立ち止まる。ふと、上を見上げると、二階の窓を少女が覗いている…ような気がした……
髪が長く、真っ白な着物を着ている。
そして肌が、青白く、生気を感じられない。
それは、最期の時のわたしの姿だった。
「あなたは、わたし…?」
そう呟くと、その影はゆっくりと消えていった。
もう……この体はわたしのものになってしまったのだろうか。
このからだから離れたい。
しかし、怖い。この体から離れたわたしはまた暗闇に戻ってしまうのだ。
逃げ場のない恐怖がわたしを襲い、家に、駆け込んだ。
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