瘴土の魔王と光導の天使
ミド
地下の囚人
「――アァァ! ミカラさま! たっ、たす……お、おたすけください! わたし、あなたさまの、しもべっ、ゼフは、しっ……イギィッ……あァ……アリイさま!」
城の地下牢に囚われた俘虜は先程から苦痛のあまり絶叫を続けていたが、今度は息も絶え絶えに自らの神に助けを求め始めた。吊具による拷問を担当していた兵は無言で振り向き、仕草で王にこのまま継続すべきか尋ねた。
「暫し下がっておれ」
吸血鬼王ラディウスがそう答えると、兵達は部屋の外に出て行った。残された王はゼフという名の俘虜に歩み寄り、薄紫のビロードの上衣が汚れるのも構わずその血塗れの背中を右手で触り、血を掬い取った。そして俯くゼフの髪を左手で掴んで無理矢理顔を上げさせ、その上で右の指についた血を舌先で舐めた。吸血鬼王は口にした血の味への喜びから、緑の瞳を僅かに大きく開いた。
「神官ゼフとやら、中々旨い血をしているな。真実を告白するのならば、全ての傷を癒し私の下での安楽な生涯を約束してやっても良いぞ」
血塗れのゼフはラディウスから目を背け、拒むように身を固くした。吸血鬼王は嘲りの笑みを浮かべ、四肢を拘束され身動きの取れない俘虜の背中の血を直接舐めた。
「ひっ」
ゼフは恐怖に息を呑んだ。そして、譫言のように神よ神よと繰り返した。
「昨日教えてやったばかりだが、敢えてもう一度言っておく。私はただ血を吸って糧にするだけの魔物ではない。大地の毒の力を操る魔王だ。この全身は意のままにあらゆる毒を生み出し、また解毒できる。例えば私がこのまま貴様の傷口に爪を立て、熱病の毒を僅かに流し込めばさぞ苦しかろうな。今の貴様は中々に美しい顔立ちだが、ヒキガエルのような醜貌にすることもできるぞ? 或いは足が立たぬ者にも、交合の快楽を得られぬ者にもできる」
吸血鬼王はそう言いながらゼフの腕を掴んだ。彼にとっては軽く持った程度だが、その剛力で押さえつけられた人間は再び悲鳴を上げた。
「それとも血隷にしてやろうか。貴様とその手下がここに来るまでに葬ってきた、血を飲むことしか頭にない、屍のような最下等の者共にな」
ラディウスの毒には、自らの血と混ぜ別の生き物に飲ませることで生の血肉を食う魔物に変える力もあった。血隷と呼ばれるその魔物達は、外見が元の生き物そのままでありながら一度飢えると見境なく身近な獲物に喰らいつく有様から、彼の敵対者だけでなく支配下の人間にも恐れられている。
吸血鬼王の言うとおり、ダヴァニム人を率いるゼフ達異民族の神官は血隷とそれを指揮する吸血鬼を邪悪と断じ各々の神の授けた魔法で盛んに討伐した。奴隷が減っては困るという理由から、ラディウスも兵を出して侵略者を返り討ちにしては彼らを用いて血隷の補充を行っている。
その一人に加えられるなど、神官ゼフには単なる死よりも悍ましく聞こえるに違いない。事実、ゼフは身震いした。
「いやだっ! あ、あんな、哀れな……そうだ、大地の上にあの哀れなものを産むなんて、お前たちは、罪深い。ミカラ様はきっと嘆いておられる。ミカラ様のご慈悲がこの大地の奥底まで遍く届きますよう!」
彼らにとっての最高神の名で自らを奮い立たせようとしたのだろう。しかし、ラディウスにとっては詰まらない返事であった。或いは、この神官は実際に不死の術を知らないのかもしれない。
「良いだろう。貴様が口を割らないのであれば、別の口を割るだけだ」
ラディウスがそう言って左手でゼフの右手の小指を掴むと、この日一番の絶叫が部屋から石造りの通路にまでこだました。
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