ヒーロー側の事情9 ~屈辱感が卑屈な心を育てる~
花火大会が終わり、長い夏休みも終わり、そして、2学期が始まる。
僕は、クラスの中で日常的にイジメにあうようになっていた。
休み時間は嫌いだ。
揶揄われたり、馬鹿にされたり。
でも、一番嫌いなのは体育の授業だ。
どうしてキミと同じ場所で、恥をかかなくちゃダメなのだろう。
僕はクラスの中でも郡を抜いて脚が遅かった。
必死に走ろうとしても、踵が痛くて全力で走れない。
だからいつも痛む踵をかばうようにして、つま先だけで走るようにしていた。
踵を地面につけない僕の走り方は、まるで蛙が地面を飛び跳ねるようで、皆の興味を誘い、笑われた。
「おーい、今から天川が俺と一緒に50m競争しまぁ~す!」
「おっ! 須藤っ周回遅れよろしくっ!」
「おい、みんな! 今から天川の蛙走りが見れるぞぉ! 集まれ!」
「ほらほら、あんた達、やめなさい」
先生は笑っているだけで本気で止めてはくれない。
「おい天川、おまえ本気で走れよな」
「ばか、天川はいつだって本気じゃん? 本気でアレだろ」
「アハハ、超ウケルぅ!」
「はぁい! あんた達そんな天川キミをいじめないの。これは大切な身体能力測定なのよ」
毎年運動会前に行われる、短距離走のタイム計測だ。
僕はこの時が嫌で嫌で仕方がなかった。
先生はまるで僕の心の中には気付いてくれない。
「それじゃぁ始めるわよ。二人ともスタートラインにたちなさい」
声に押されて、僕はスタートラインに立たされた。
隣には脚の速い須藤がいる。
「へへ、ぶっちぎってやる」
ニヤニヤしながら僕を見る。
「……」
僕は地面を見つめたまま、静かにライン際に立つ。
茶色い地面の下に、灰色の絶望が横たわる。
……。
ほどなくして先生の口元で、ピィっ!と笛が鳴る。
僕は必死に走った。
ズキンッ!
「くっ!」
踵に激しい痛みが走る。
つま先の筋力だけで全体重を吸収し、その痛みを少しでも和らげようとした。
その分、前進する力は弱まってしまう。
須藤は僕の遥か彼方を走っている。
その姿は遠目にみても様になっていて、格好良かった。
「うぅっ!」
それに比べて僕のみっとも無いザマは何だっ!
どうして僕は脚が遅いんだっ!
どうしてこの踵は痛いんだっ!
どうして僕はこんなにチビで、ノロマで!
キミは!
キミの周りには!
いつも花が咲いたように格好いい男子や女子が一杯いる……。
痛いっ!
痛いんだよこのクソ踵がっ!!
くそっ!
どうして僕はっ!
ピィーっ!
笛の音がした。
ラインを踏み越えようやく50mを走り終えた後、僕の中に湧き上がる、劣等感、羞恥心、恨み、そして焦燥。
「うっわ、天川おっせぇっ! コイツ50mなのに14秒もかかってるぞっ!」
「だってしょうがねぇじゃん? コイツ蛙だもん。人間に勝てるわけねーって」
「顔はハニワみたいだけどねっ」
「アハハハ! うける! それめちゃめちゃウケル!」
くそっっ!
拳を握り締める。
ギュゥッ。
「あ、天川が泣きそう。やべ、まじ泣くよっコイツ!」
「うっそ、まじで? 50m競争くらいで泣くの! ばっかみたい」
クソクソっ!
何でいつもこうなんだっ!
どうして僕には力がないんだっ!
僕はヒーローじゃないのかっ?
キミを守るヒーローじゃなかったのかっ?
ポロ、ポロポロ……ポロポロポロ。
俯いたまま、涙が零れ落ちた。
乾いた地面の上に水滴が落ち、焦げた茶色の粒がたくさんできた。
悔しくて、恥ずかしくて、しょっぱい涙が頬を伝って落ちてゆく。
「ギャハハ、マジで泣いてる! こいつ超バカ」
「ハハハ! 天川ってチビだし走り方は格好悪いし、コイツ生きてる価値ねーんじゃねーの?」
「言えてるぅ」
「うっわ、それはさすがに言いすぎ……アハハ」
捨ててしまいたい。
無力な自分を。
チビな自分を。
不細工で誰にも相手にされない自分の未来を。
皆の嘲笑を一身に受ける僕は、ただ絶望の埋め込まれた地面を睨み付けて泣いた。
乾いた土の上にポタポタと涙が落ちて色をつけてゆく。
「須藤、私と勝負しよう」
背後で静かな声がした。
「……え?」
勝ち誇り、僕をバカにしていた皆の顔から突然笑いが消えた。
「先生、さっきの50m走はフライングです。私、見てました。須藤君は先生の笛の前に飛び出しました」
「え、え? え? 何で? 何でそんなコト言うんだよ」
先ほどまでは、あれほど勝ち誇っていた須藤の顔から余裕の笑みが消え去った。
「何でって、あんたバカ? フライングしたんだからやり直しするのは当たり前でしょ?」
「で、でもなんでやり直しの相手が……琴野なんだよ」
消え入りそうなほどに須藤の声が小さくなる。
琴野……。
「っ!」
地面を見つめてばかりいる僕の目の前に、真っ赤な絶望が広がった。
どうして……君は。
「なぁに須藤君。キミフライングしたの? じゃあもう一度測定のやり直しね」
先生はそう告げると、須藤とキミを同じスタートラインに立たせた。
「はぁい、あんた達、準備はいい?」
須藤は呆然とした顔で、隣に立つキミを見つめている。
遥か先のゴールを見つめるキミは、視線を動かさないまま告げた。
「須藤、聞きなさい。私、あんたとは絶対に結婚なんてしないわ。クラスの皆に私と将来結婚するって言いふらしているみたいだけど、私、嫌よ。知ってる? 私、結構面食いなの。アンタみたいな不細工は嫌なの。だってキスのときに噴出しちゃうもの、きっと」
「そ、そんな……」
「はやく準備したら、突っ立ったままだと本気で走れないわよ」
今度は須藤が泣きそうな顔をしている。
ピィっ!
無常にも先生の笛の音が響き渡った。
タンっ!
キミの白い脚が地面を軽快に蹴った。
グンっ!
そう音がするほどにキミのその華奢で美しい身体は地面を蹴って舞い上がる。
第二次性長期前の今、女子であるキミのほうが、男子達よりもはるかに背が高い。
それだけじゃない。
キミのその圧倒的に長い四肢は、男子女子の枠組みを超えて、ダントツの速さで50mを走り切る。
50m走のラインを一直線に駆け抜ける、キミの姿は天馬のように美しい。
このクラスのNo1はキミだった。
No1に喧嘩を売られたのだ。須藤が泣きそうな顔で慌てたことも当然だ。
須藤よりもはるかに早くゴールラインを切ったキミは、額に張り付いた黒髪を掻き揚げると、こちらに向き直り、ニッコリと微笑んだ。
ぐぐぅぅぅん……。
果てしない僕の劣等感が大津波となって襲ってくる。
僕はあまりに眩しいキミのその微笑みを、受け止めることができなかった。
何と醜いのだろう。
自らの手足を見ていると、それを包む皮と肉を切り裂きたくなった。
キミを守るヒーローになれない。
こんなに醜い身体と顔のヒーローは、僕の知るどんな物語にもいなかった。
50m走の後、キミの隣には、クラスで一番格好良い男子がいた。
二人で楽しそうに話している。
時折、聞こえてくる笑い声。
卑屈な僕は、キミの隣の男子に生まれ変わりたい。
そう思った。
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「ヒーロー、京一のステータス」
1、覚醒までに消費した時間 :6か月間を消費
2,ヒロインの残り時間 :5.5年マイナス6か月間
3,ヒロイン?母親? :(母)☆☆☆☆☆0★★☆☆☆(ヒロイン)
4,卑屈さ :ゼロからレベル3へ一気に上昇
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