神の子と呼ばれて

@rabao

第1話 神の子と呼ばれて

私には人とは違う能力があった。

魔法や超能力と呼ばれるものが使えた。

右手を振り上げて、心のなかで祈るとそれが現実になるのだ。

私の特殊な能力は世界を震撼させ、驚きの中で神秘のエネルギーとしてもてはやされた。


最初はものすごく小さい物の移動だけだった。

タイヤの付いたミニカーを動かす程度だった。

小学校に上がり、消しゴムを動かしてみたり、鉛筆をよたよたと立たせてみたりして休み時間にクラスメイトに見せてみたりしていた。

「〇〇くん、すご〜い!!」

そんなふうに言われるのが嬉しかっただけだった。


上級生になった頃に、仲間を追いかけて渡った横断歩道で、突然目の前にトラックが走ってきていた。

僕は、友達を追いかけるのに夢中で、走ってくる車に全く気がついていなかった。

はっとした時に私は自分の右腕を、迫りくるトラックに突き出していた。


トラックはスーパーボールのように跳ね、若干空中に浮きながら、そのままの勢いで後ろに弾け飛んだ。

後続の数台の車の屋根が、弾かれたトラックにより引きちぎられていった。

当然であるが、トラックにより屋根をもがれた車の搭乗者全員が、愛車と同じ形状になって死亡していた。

弾かれたトラックの運転手は、前進からの急激な後退により、頭が揺すぶられ、蓋の抜けた眼窩から乳化した内容物が溢れていた。



凄惨な事件であったが、

誰が悪いのか?

そもそも、そんな力が実在するのか?

あったとしても、それがなんの罪になるのか?


小学生に対する判決は無罪。・・・のはずであった。

ただ、世間がそれを許さなかったのか、世界がそれを求めたのか、私を取り巻く環境は大きく変わった。

そして、世界のありようも私を中心に変化していく。


白い部屋で毎日のように検査が繰り返される。

両親もともに検査をしていたが、次第に部屋も別れて会えなくなった。

美味しいお菓子も、ゲームもあったが、誰にも会えないのが私にはこたえた。

暇にあかせて力を使うと、白衣の大人たちが私の前に飛び出してきて、おろおろと私のご機嫌を取る。

なんの意味もなかったが、暇を潰すことはできた。


泥のように眠ったある日、私の両腕は動かないように脇腹に縫い付けられていた。

白衣の大人たちから逡巡の表情は消え、恐れのない顔を見せる。

血液検査、脳波検査、痛覚、代謝機能、モルモットとして暇も感じられない程のスケジュールだった。

こんなことをされているにもかかわらず、求められることに、何故か生きている実感があった。




私と同じ能力がある子どもたちが、世界中から集められてきていた。

能力の少ない子供の中で私はエリートであった。

すべての子どもたちが私になるように、投薬と検査が繰り返されていく。

子どもたちの細い腕は紫色に腫れ上がり、どんどんと痩せていく。

脳をいじられた子供たちは、起き上がることはなくなり眼球のみで合図を送るようになる。


立派な能力、人類の希望、英雄、超人・・・。

子供たちも、その親さえも世間の欲望と羨望に踊った。

自分の命をかなぐり捨てて、子供たちは私になろうとしていた。

子どもたちは、自ら何度でも投薬と調整を求めてくる。

新しいエネルギーを求める為の、世界中の国家を巻き込んだ洗脳という教育の賜物であった。


昨日まで同じ研究室にいた子供達は、上級クラスに昇華したと伝えられる。

残された子どもたちも、上級クラスへ行けることを夢見て、赤黒く変色した細い腕を自ら差し出していく。


上級クラスは、私に近づくことができた者のみが進学を許される、大学に当たるような施設だった。

上級とは名ばかりの、動けぬ者の部屋だった。

最後に常人には不可レベルの電圧がかけられ、人的に心肺機能が生を求めさらなる能力が開花していくことのようであった。

だが、まだ耐えられた者はいない。

そもそも、それが必要なのかすらも分からないのだ。


私も神の子と呼ばれ、家族揃ってこの研究室に入れられてもう数十年が経っている。

多分、両親はとっくに上級クラスに上がって本物の神になっているのだろう。


こんなことになるのであれば、こんな能力は欲しくはなかった。

いつまでも、皆で楽しく普通に暮らしたかった。

今年、この施設の中で260歳の誕生日を迎える。

酸素を溶かした液体の入った巨大なビンの中で、身動きすることもできない脳幹だけになった私は、身体を浮かべてふんわりと保存されている。

この研究が、今はどの程度進んだのかもわからない。

ただ最近の200年程は、この研究への興味が失せたのか、検査はおろか巡回すらもない。

私がここに来たのは、すでに250年も前のことだ。

私以外の誰も、私の力を知らないのかもしれない。


閉じ込められて誰からも忘れられては、生きてる意味もなかった。

せめて、全世界に私がここにいることを・・・、私がここにいる事実を伝えようと思った。

すでに身体を失っている私には、右手を上げることはできないが、私はすでにあの時のような子供ではない。

たとえ身体が無かったとしても、イメージするだけで能力が使えるまでに成長をしている。


私はイメージをする。

この施設を、両親と住んでいた家を、家族でいった町を、図鑑で見た国を、地球を、私を忘れた全てを、私はイメージする。

動けぬ私を閉じ込めた変化のない白い壁に包まれた退屈な世界を、私と共に滅ぼしたかった。



施設内は静かだが、世の中が急に慌ただしくなった。

私は、本当に忘れられていたようであった。

私の意思で、地殻に向かってエネルギーが急速に集まっていた。

地球は急速に収縮を始め、圧力が地殻内部で臨界後を迎えた。

宇宙上に存在するすべての光の30億年分を、2週間で放ち尽くす新星の輝きが巻き起こった。



何もない空間にガスと金属粒子がただよう。

私が起こした反応から2000万年の時を置いて、空間に漂うガスと金属がゆっくりとお互いの引力で集まり、集積し新しい星を形作っていく。

無機質の集合体が、生命が発生する過程のようにゆっくりと蠢き、まだ柔らかい身体で存在を私に認めてもらえるように時おり動かしている。


成長を続けるまだ見ぬ我が子を、母体の中に置いて優しくお腹をさすっている母親は、今の私のように暖かく我が子をみまもっているのであろうか。


もしも、この蠢動から新たな星が生まれ、その中で新たな生物が生まれるのであれば、

どうか私を・・・、

神と呼ばれていた私を、忘れないでいてほしい。


毎日、祈りを与えてほしい。

時節ごとに私を祀ってほしい。

そして、私をないがしろにした時には、世の中の全ての表裏が裏返る事を、小さな心に刻んでおいてほしい。



私はとても寂しがりやだ。

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