第26話 ハンター木佐木(全裸)

「一昨日きやがれってんだ!」

「ぐぇ」


 湯布院のとある大店から素っ裸に銃帯、刀、つば広帽子だけを身に着けた木佐木が放り出されて地面を転がった。


「なんだよ、金がなくなっただけじゃねえか!」


 放り出されて当然の一言を放ち、誰にも顧みられることもなく木佐木は項垂れる。


「はぁ……ったくすぐに増やしてやるって言ったのによぉ……世知辛いぜ」


 世知辛いのは当然の世の中であるが、ギャンブルで増やすからという輩を信用することがないのはいつの時代、どこの世界とて同じである。

 しかも、彼は吸血鬼ハンター。吸血鬼を倒さねば金も手に入らない固定給などありはしない無職である。

 吸血鬼を退治できることに対して感謝こそするが、そんな不安定な職種の金回りを信用しろというのは土台無理な話である。

 商売道具が残っているだけまだ優しい扱いであろう。

 そんな彼のスマホに一通のメールが来た。


「あん?」


 吸血鬼退治の依頼であった。どこから来たのかも誰からの依頼かもわからない。 

 しかし、報酬が非常に魅力的な額であった。


「よっしゃああ、運が回ってきたぜ!! オレに任せな!」


 そんなわけで全裸商売道具というあまりにもあんまりな姿で温泉街を猛ダッシュしてやってきたのは一軒の温泉宿。

 木佐木は、一目見ただけでここは吸血鬼の巣であることを悟る。


「おいおい。こりゃあ、やべえな」


 従業員は全員洗脳済みで、目には生気がない。何より全裸商売道具という異様な姿の木佐木を見ても悲鳴をあげないどころか普通に接客してくるのだ。

 どう考えても魅了済みだ。普通ならば悲鳴の一つ二つ三つ四つでも上げられる頃合いであろうにそれがない。

 静かなものだ。普通に接客されて部屋に通された。


「メールもどうやら本当らしいな! 金払いのいい仕事は好きだぜ」


 詐欺かもしれないというのに木佐木は軽い調子で案内された部屋を出て指定された露天風呂へと向かう。

 露天風呂の脱衣所の前にメイドが一人立っていた。


「アンタが依頼人か?」

「はい。木佐木様ですね」

「おうよ」


 メイドは木佐木を上から下まで一瞥して。


「では、中にいる吸血鬼を討伐してきてください。討伐できずとも彼女が保持している立方体の維持ができなくなるまで追い込めれば報酬をお支払いします。前金としてこちらをお受け取りください」

「オッホォ」


 差し出された札束に木佐木のテンションはうなぎ上りである。

 全裸でキマらないキメ顔とキメポーズをキメるおっさんの出来上がりである。


「任せな。オレは吸血鬼ハンターだ。余裕だぜ。それよりも、仕事が終わったらと、どうだい、オレとイッパツ」

「お断りします」

「んじゃ、終わった後にまた口説くぜ。オレのカッコイイ戦いを見たら意思も変わるからな!」


 どこから出てくるのかわからない自信を過剰に溢れさせながら露天風呂へと足を踏み入れた。

 確かに情報通りに漆黒のキューブを保持している幼女――野茉莉がいた。


「む?」


 吸血鬼かの確認を前に出合い頭に二発、頭、心臓に向けてのクイックドロウ。

 完全に不意を突いたはずであったが二発の弾丸は見えない壁のようなもので防がれた。

 異能で防御したと断定、木佐木はすぐ様、もう三発を叩き込む。


「のわっ!?」


 その動作を終えて弾丸が再び見えない壁に直撃したところで野茉莉はようやく自分が襲撃されたことに気が付いた。

 木佐木の早撃ちは吸血鬼の認識すらも振り切るレベルであったということだ。全裸でなければさぞやかっこよかったことであろう。


「何者や!」

「オレだぜ」

「…………何者?」


 全裸に帽子、拳銃と刀という男は野茉莉の千年にも及ぶ人生の中でも初遭遇で一瞬、意識が彼方へと逸れた。

 その瞬間、木佐木は見逃さない。だから全裸だったのさと後に語ることになる男であるが、完全にこれはただの偶然である。

 銃に残しておいた最後の一発を眉間に向けて撃つと同時に刀を抜く。術式処理が施された刀は吸血鬼を滅ぼすのに足る輝きを持っていた。


「っ! ハンターか!」

「当たりだ、ババア!」


 弾丸は壁に防がれたが、弾丸よりもより術的な威力の高い刀の一撃を野茉莉は身体を逸らして躱す。


「なるほど、弾丸程度なら異能で防げるが、こっちは防げないってことか。そして、そこから動けねえと見た」


 あるいはキューブを保持しているからこそ防げなくなっているか。


「千客万来やな。ハンターに追わるるようなことした覚えはないんやけど」

「ハッ、吸血鬼ってだけでテメェを殺すのには十分な理由なんだよ!」


 帽子に巻いておいた弾帯から弾丸を補充し、再び野茉莉を狙う。

 キューブがある限り動けないというのならば好都合。ハンター超絶有利な状況だ。相手の異能はキューブ関連を見るならば見えない壁を作り出すような代物だろうと予測。

 だいぶキューブの方に力を裂いているらしく、中堅層の吸血鬼と同等程度の異能力しか仕えていない。

 勝てるなと木佐木は冷静に思考する。


「いやいや、焦るのは禁物だぜ、オレよォ」


 そうやって勝てると油断した奴からハンターは死ぬのだ。勝てないだろうなと思うくらいがハンターにはチョウドイイ。

 そう気を引き締め直した瞬間、首筋にぞっとするような悪寒を感じると同時に風呂場を横へと転がった。

 先ほどまで立っていた場所に細い線が横一線に刻まれている。さながらギロチンのようなものでも落ちて来たかのようだと思った。


 野茉莉の攻撃であると木佐木は断定。

 不可視の壁を使ったものだろうかと思案しながら、移動し続ける。

 背後の壁や湯気が四角く切り取られていく。


「おいおい、物騒だな!」

「物騒なんなそちらやろうハンター。謝っち帰るんなら特別に許しちやらんこともなかよ!」

「生憎とオレがこれから一生全裸でやってくかがかかってんだ、帰るわけには行かねえんだよ!」


 まるきりそんなことはないが、何を言っているんだこの男はと野茉莉を呆れさせることには成功した。

 その隙に連続で射撃を敢行。

 野茉莉は煩わしそうに弾丸を目で追っている。


(視線の先に出している感じだな。んで、今は防御で手一杯ってことだな)


 なんだか知らないが、あのキューブの中にあるものがよほど大事と見える。

 そうと来れば、まずはあのキューブでも狙ってみるかと狙いを野茉莉からキューブへと変更。


「チッ」


 露骨に嫌そうな顔で自らの身体を前に出す。

 それくらいするものが入っている。

 ますます中身が気になった。

 弾丸で牽制すると同時に懐へと飛び込むために木佐木は床を蹴り前へ――ではなく洗い場へと直行した。

 そこでめちゃくちゃにアメニティーをぶん投げて刀で斬りつける。洗剤を全身に浴びてぬるぬるになる木佐木。


「お主、何をするつもりなん?」


 これには流石の野茉莉も困惑する。


「勝つための一手さ」

「ぬるぬるになるのが……?」


 もう年末特番に出てそうな芸人の姿である。


「そうさ、こうすんだよ!」


 今度こそ木佐木は前に出た。

 そして、盛大に滑った。当然である、ヌルヌルになれば当然床を滑る。


「アホか」

 

 野茉莉は呆れ果てた。

 その瞬間、木佐木は超人的な身体能力をうまく使って前に出た。異様な速度で。


「なに!?」


 床を滑った木佐木はその身体運用もあって、野茉莉が気が付いた時には彼女の目の前にいた。


「まずはそこだ」


 キューブを保持している右腕を刀で斬り飛ばした。


「くっ!」


 右腕ごとキューブが飛んでいき、地面に当たると同時に割れて中から二人の少女が飛び出してきた。


「やあああ!」


 そして、片方が野茉莉を押し倒す。



 

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