第25話 死にかけのキミが

 セラフィーナは、混乱した。

 心配と言ったのか、この少女は? どうして?

 心配されるようなことをしただろうかと、考えて心当たりがまったくない。

 いや、そもそも心配されるような人種じゃないだろうという思う。


「え、え? 冗談、だよね?」

「この状況で冗談なんていえるわけないでしょう!?」

「え、えええええ!? 本気でボクのこと心配してるの!? 嫌いって言ってたよね!?」

「はい、嫌いです」

「ほらぁ!」

「でも、心配しないわけないです」

「???? え、ごめん、わからない。なんで心配するの?」

「むしろなんでわからないんですか……はぁ」


 心底、呆れたように溜め息を吐く悠花と理由がまったくわからずにおろおろと視線を彷徨わせるセラフィーナ。

 どうやらちゃんと説明しないとこの吸血鬼はわからないらしいと悠花は諦めたという風にしっかりとセラフィーナの瞳へと視線を合わせた。


 アレキサンドライトのような綺麗な瞳が困惑に揺れていた。

 死にかけの病人のような顔色をしておきながら、瞳の輝きだけは変わらないまま綺麗だと悠花は思った。

 今は鮮やかなグリーンの色合いで、吸血鬼としての力を使っていないことがわかる。もっともそうだというのは悠花はこの後知ることになるわけであるが。


 瞳を見て嘆息を一つ。セラフィーナもまた悠花の瞳を初めて見たと言わんばかりに漏れ出した吐息と合わせて二つ。


「魅了したら殺します」

「し、しない」

「じゃあ言います。……あなたが吸血鬼を殺してくれるからです」

「…………え、それだけ、で……? そんなことで?」

「そんなことなわけないでしょう! 両親の仇を殺してくれて、他の吸血鬼まで殺してくれる。わたしにとっては恩人で唯一の協力者です。吸血鬼が嫌いでも心配くらいして当然です! あなたがいなくなったら誰がこの先、吸血鬼を殺すんですか!」

「で、でも、ハンターだっているし、ボクがいなくても大丈夫、だよ?」

「ハンターが籠島に何をしてくれたんですか! そもそもハンターに知り合いいませんよ、わたしは!」

「あの、木佐木っていう人は……? 強いよ?」

「なんで初対面の男を話題に出しているんですか! 殺しますよ!」

「ひぇ……ごめんなさい……?」


 どうして怯えるのはそっちなのだと再び嘆息。


「あなたに代わりはいないんですよ。だから、わたしはわたしにできることはなんでもします。吸血鬼を殺してくれるのなら、腕の一本でも命だって処女だって全部あげますよ!」

「うっ……」

「ここまで言ってわからないのなら、身体に直接教え込みますからね!」


 セラフィーナは心底から怯えた。

 ここまで怯えたのはまだ家族と生きていた頃、自分の飢えが限界にまで達して色々とやらかした時以来である。

 だからもうそれは必死にこくこくと頷いた。


「本当にわかりましたか?」

「わ、わかった」

「というわけなので、さっさとわたしを見捨てて根競べして、万全の状態でここから出て吸血鬼を殺しに戻ってください。招き猫の一つでも買えば、わたしの代わりなんていくらでも勤まると思います」

「い、一日三食……」

「それは……諦めてもらう方向で。あなたを生きてここから出す方が重要です」

「どうしてそこまでしてくれるの?」

「わたしにはあなたにあげられるものがそれ以外にないからです。だからわたし協力してもらっているんですよ。わたしが協力するんじゃ、釣り合いませんから」

「…………」


 ここまで言えばわかりますよね、と念を押すように睨んで。

 悠花はセラフィーナの傍を離れた。死ぬのなら、端の方で迷惑にならないように死のうと歩いて行こうとしたところで、がしりと肩が掴まれた。


「まだなにか――んぐ!?」


 悠花の口にセラフィーナの手が突っ込まれた。

 舌先に彼女の指先が触れる。

 熱い。

 ただ熱いのは高いセラフィーナの体温だけではなく、ぱっくりと切られた指の腹から流れ出す血のせいだ。


 熱い。

 熱くて、舌が火傷しそうなほど熱くて、それ以上に甘くどこか爽やかな柑橘系の酸っぱさがあるような気がした。

 余裕のある状態で飲むセラフィーナの血は、極上の美味さで悠花の舌根を刺激して脳髄へと突き刺さった。

 そのまま舌を掴まれて、まるきり身動きが取れなくなった。


「ぁぅ……」

「お返し。そして、ボクは今、怒ったよ」

「え、ひゃ、んで……?」

「怒らないとでも思った? キミも言いたいこと言ったのなら、ボクも言わせてもらうよ。いいかい、ボクは吸血鬼だ。だけどね、同族しか食べられない裏切り者なんだよ」

「しょ、しょれがどう」

「いつも孤独だった。仲間は誰もいない。吸血鬼はボクを見れば敵とみなして襲ってくる。なら人間はと言えば、吸血鬼だからと敵だと決めつけてまともに話をすることもできない」


 生まれてからずっとセラフィーナは一人だった。

 孤独で、餓えていた。

 そんな時――。


「キミは話をしてくれて、一緒に旅をしてくれた。嫌いなのに心配までしてくれて、ボクの為に死のうとまでしてくれてる。そんな相手は今まで誰もいなかった! キミを手放せるわけないじゃないか!」


 ぱっとセラフィーナは悠花の口から指を出す。

 唾液と血の混じった、赤い糸が唇と指を繋ぐ架け橋を作った。


「だっ、だとしても! どうしようもないじゃないですか!」

「考えて! ここから出る方法を! なんでもいいから! ボクも考える!」

「そ、そんなこと言ったって……!」


 何も考えつかないと答えようとして一つ閃く。


「あ」

「何?」

「わたしたち、ここにずっといるのに息苦しくないですよね」

「空気穴がある感じじゃないよね。空気だけ通しているのかな?」

「だったら匂いとか空気みたいな無害なものなら通るんじゃ」

「なるほど、その手があったか。でも匂いだけ出してもどうにもならなくない?」

「それもそうですね。役に立たないですね」

「いや、でも匂いくらい無害なものに念動力を薄めたら通るかも」

「結界の意味ないですか?」

「細かな制限とか効果をつけるとどうしたって妥協しなきゃいけない所がでてくるんだよ。それに吸血鬼は大抵おおざっぱだから細かい制限を設定したりとかしないよ、そうしなくても十分だから」

「対策されてたら?」

「たぶん大丈夫、ボク、この国初上陸だから」」


 吸血鬼狩りとして存在を知られてはいても、異能については知られていないはずであるから対策のしようがない。

 念動力は壁を貫通することも、他者の領域内部であっても物を動かすことができる。

 極限まで薄めて物を掴めなくなるくらいに無害に設定すれば結界を透過することも可能となるはずだ。足し引きはそれで合う。


「お、通せた」

「でも、物がつかめないんじゃ意味ないですよね」

「一応、触ってるって事実は残るから、それで何とかする」

「なんとかって、どうするんですか」

「電話で助けを呼ぶとか」


 いったい誰が助けに来るというのかと悠花は思った。

 いや、そもそも。


「友達いるんですか?」


 一番ぐさっと来たとは、後のセラフィーナの言である。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る