人血アレルギーの吸血鬼は彼女の血だけを吸えない

梶倉テイク

九州編

プロローグ

 その声は瑞々しいのに、どこか熟れて成熟した艶やかさが香るようであった。


「鹿児島。海に島、火山、高原が魅力。自然はあまり興味ないかな。食べ物はーっと。ふんふん……鹿児島黒牛は和牛日本一になったこともある……良いね、お肉! 日本一とか凄い美味しいってことでしょ? 食べたいなぁ」


 古めいた観光ガイドブックを読みふけりながら、棺らしきものを担いだ少女が寂れた道を歩いている。

 地上に舞い降りた女神を思わせる人間離れした美しい少女だった。

 見る角度によって色が変わって見える澄んだ色味の髪をしていて、それは上等な絹糸を紡いだかのように揺れるたび涼やかな音が鳴っていると錯覚するほどだった。

 大きな瞳は青みがかったグリーンの瞳は上等なアレキサンドライトのように澄み煌めいていて、肌は白く誰一人踏んだことのない新雪の雪原を思わせた。


 そんな誰が見ても美少女だと思うであろう少女は、ガイドブックに載っているステーキの写真を見て涎を垂らしそうなゆるけた表情を浮かべている。食い意地がすべてに優先されるとでも言わんばかりだ。

 その証拠だと言わんばかりにくぅと可愛らしくお腹が返答する。

 少女は苦笑しながらお腹を撫でつつ、顔を上げた。


「でもまあ、これじゃあ流石に無理そうかもね」


 道の先が開けているおかげで、視界の先があらわになる。

 そこには観光ガイドブックにあるような鹿児島の姿はなく、赫々煌々と燃え盛る溶岩に覆われた大地が広がっていた。

 冷えて固まった部分もあれば、今もなお赤く燃え滾っている部分もあって、遠く離れた場所に立っているが気温が相応に高く着こんでいる少女には少々厳しいものがあった。


 まさに地獄のような光景が目の前で広がっているわけであるが、わずかに残っている道路看板によればちゃんと鹿児島であるらしい。

 そうとは思えないものの、国道二二五号線の国道標識とわずかに残るアスファルトの道だったものだけが、ここに鹿児島という県があったことを伝えてくれていた。


「酷い有様……吸血鬼のいるところはどこもかしこもこんなのばっかで嫌になるよ。台湾も酷かったなぁ」


 嘆息しつつも少女は背負っていた棺を担ぎ直すと、かつての国道二二五号線を歩き始める。

 観光ガイドによれば自然豊かな道の駅や、仏教遺跡などがこの国道沿いにあり観光地となっていたようであるが、今やそれらは溶岩の底に沈んで消えてしまっているらしい。

 今では見渡す限り赤と黒の大地で何もない。木々やあったはずの建物、文明の形、歴史は燃え尽きて熱風が灰を飛ばしていた。

 ただでさえ火山灰も降る鹿児島をさらなる灰色で満たしているのはそれらのせいだ。


 溶岩と冷え固まった火山岩、それと雪のように降る灰しかないような道を苦行のように歩いていると不意に人工物を見つけた。

 それは招き猫の絵が描かれた誰かの手製らしい鋼鉄の看板で、折れかけた信号機にかかっていた。


 ――この先、籠島市。

 ――ウェルカム。


「籠島、ね……」


 少女は国道二二五号線の先へと目を向ければ、数キロ先には輝石安山岩で作られたらしい籠のように見える壁に囲まれた都市が見えた。

 おそらくはこの溶岩に沈んでしまった鹿児島において唯一何かが生存している場所であろう。


「あそこか。うーん、あそこ以外何もなさそうだし行くか。美味しいご飯があればいいけどね」


 少女はくぅくぅと空腹を告げるお腹を撫でながら鋭い犬歯を見せるようにニカっと笑い、目的地を籠島市として燃え輝く溶岩と冷え固まった火山岩が彩る大地を進むのであった。

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