6.シド先生の個別授業
第6話
僕が闇の精霊と契約してから、何度目かの精霊魔法の授業が始まった。
しかし、他に精霊を見つけられた者はおらず、授業内容は専ら精霊探しになっていた。
基本的には自力で見つけ出さなければいけないから、こういう授業になるのも仕方ない。
探し回って路頭に迷ったらシド先生に相談する。それが今や精霊魔法の授業のスタンダードだった。
シド先生は、この精霊の少なさはかつて大樹が生まれた時ととても似ていると言った。
でもそれは千七百年も前の事で、シド先生がその時の状況を詳しく知る訳もない。
マリア先生から聞いたことがあるけれど、千七百年前のことはあの物語以外殆ど記録が残されていないのだ。
だから僕は、僅かな文献などから推察してそう考えたんだろうな、と思った。
きっと生徒のために精霊減少の改善策を探してくれたに違いない。軽そうに見えて案外生徒思いなのかもしれないと、僕は思い始めていた。
そういえば、その話をした時のどこか確信めいた雰囲気が、妙に印象的だった。
でもすぐにいつも通りの軽い感じになったので、僕はすぐに忘れてしまったけど。
──さあ。今日も気合いをいれて授業開始だ。
各々支度をして、精霊を探しに出発する。
幸い、見つからなくても心が折れた者はいなかった。
みんな、次は自分だ!という顔つきで、いそいそと動き始めた。
僕も他の精霊とも契約したかったので、放課後など使ってずっと探していた。
闇魔法を練習しながら、あっちへうろうろこっちへうろうろ。山ひとつ分ある広い学校の敷地内を、暇さえあれば精霊を探して歩き回った。
けど、全く見つからない。
数年前まで当たり前のようにいたのに、精霊たちは一体どこにいってしまったんだろう?
僕は首を捻りながら、精霊探しに席を立つクラスメートたちを見送った。
「オルベスク殿下、参りましょう」
「ああ」
あと数人という頃になって聞こえてきた、ゆったりとした声に視線を向ける。
派手なドレスのご令嬢を流れるようにエスコートして、うちの王国、ヴィスぺリア国の王子様も席を立った。
お貴族様同士、非常にお上品だ。
とても同い年とは思えない。というか、同じ種族とも思えなかった。
さすが王族。しかも第一王子だもんな。
次期国王は違うねやっぱ。
ドレスに合わせた柄のレースのマントが華麗に翻る。
まるでダンスでも踊っているかの様な所作に、思わずガン見してしまった。あのマントで身を守れるのか、甚だ疑問を感じながら。
はあ。まさか自分が、王族とこんな間近に生活する日が来るなんて、考えもしなかった。
学校って面白いところなんだな。なんて、しみじみ思う。
いろんな人がいて、いろんな事に触れられる。
既に精霊魔法を取得していたシエラが、進学を決めた理由がわかった気がした。
まあ、マリア先生に師事して一生懸命学んでたし、単純に魔法が好きだったのかもしれないけど。
それでも、これまで通りアリア先生からではなく学校を選んだのにはきっとそれだけの理由があったんだろうな。
だって、孤児院を出たらはいさよならなんて、マリア先生は絶対言わないと思う。むしろ、自分が立派な魔法使いに育てたいと滾っている姿が想像できた。
うん。成人して孤児院には住めなくなっても、通いでなんとでもなるしな。そういう道もあったはずだ。
でも、シエラは進学すると決めた。
そしてそれを報告されれば、マリア先生は引き留めることなく送り出したんだろう。
──いつだって僕らを見守って、後押ししてくれるんだよな。
今回の僕の我が儘だってそうだ。
どう考えても無茶でしかないことをしようとしているのに、手助けをしてくれてる。
厳しいこともたくさん言うけど、その中身はとても優しくて。
孤児だった僕やシエラがこんなにも健全に成長できたのは、間違いなくマリア先生のお陰だ。
今はまだ甘えてばかりで情けないけど、絶対やりとげてみせるから。
シエラが通うはずだった学校だけど、僕にも得るものは多い。
だからひとつとして無駄にすることなく、全部力に変えるつもりだった。
マリア先生。
シエラは僕が必ず取り戻すよ。
だから、──待ってて。
僕が決意も新たに浸っている間に、王子様達は教室を出ていった。
それに続くように残りの者たちも準備を終えて去っていけば、教室には三人だけが残っていた。
僕は白い髪の女の子に視線を移す。
やっぱりというか、今日も気持ち良さそうに眠っていた。
どうやら爆睡しているらしく、全身から力は抜けきり肩がゆっくりと上下していて、ちょっとやそっとの声掛けでは起きそうもないのは明白だった。
ていうか、起きてるところ殆ど見たことないぞ。この娘。
大丈夫か?話したこともないし、僕にはなんら関係ない人だけど、さすがにこうも寝てばかりだと気になった。
「シエラ」
「あ、シド先生」
もう一人教室に残っていたシド先生が、僕の方へやってきた。
シド先生も白髪ちゃんをちらりと見やると、小さく溜め息を吐く。しかし起こしたりすることはなく、僕に視線を戻した。
あ、その娘は放置なの?
「行くぞ」
「はい」
僕は先生が放置ならまあいいかと開き直って、廊下へと歩き出したシド先生の後に続いた。
精霊魔法の授業は今は精霊探しが主だけど、現状で唯一契約を交わせた僕だけはこれから個別授業だ。
初心者の魔法は危険を伴うという事で、実習室に向かっていた。
といっても、まだ大したことは習っていなくて、精霊魔法についての基礎と心得的なものばかりだったけど。
だから普段からやっている自主練も闇の魔力を体内で操作するのみ。
まだ魔法と呼べるものを放ったことはなかった。
今回は実際に使ってみたりするのかな、とワクワクする。
実習室へ入り、シド先生へ期待を込めて向き直った。
闇魔法ってなんかめっちゃ強そうだよな。一体どんな魔法が使えるんだろう?死の魔法とか、呪いとか?
ちょっと怖いけど、使えたら格好いいだろうな。なんて。
真っ黒いローブとか着ちゃってさ。「我は闇の魔法使い」とか名乗っちゃって。······って。
うは!なんか恥ずっ!無し無し!今の無し!
これから始まるであろうめくるめく闇魔法使いへの道を、ひとり妄想しては、百面相を繰り広げた。いや、だって興奮するでしょ、これは。
シド先生は気付いていないのか、ただ興味がないだけなのか、僕に静かな視線を向ける。
僕ははっとして熱い眼差しを返した。
さあ先生!今日は何を教えてくれるんだ!?
僕は興奮そのままに鼻息を荒げて、続く言葉を待った。
しかし、その期待は一瞬で打ち砕かれる。
「何度か指導したが、今のところこれ以上教えることはない」
「──え?」
静けさが、耳に痛い。
え?聞き違い?
じゃ、ないよな。
マジで?
まだ魔法らしい魔法なんて、なんにも習ってませんけど。
え、どういうこと?
混乱したまま訝しげな視線を送れば、シド先生はしれっと答えてくれた。
「お前は特殊魔法使いだからな。体内の魔力の巡らせ方はわかるだろ」
「それは、わかります」
「基本的に学校で教えるのは、そのやり方なんだ。だから、既にわかってるお前に教えることはない」
······マジか。
何て事だ。精霊魔法って習うものじゃなかったのか。
「あとは各自、慣れと経験で身に付けるしかないからな。属性の種類によっても全然違うし」
「なるほど」
「契約したのが火の精霊だと攻撃魔法が取得し易かったり、光の精霊だと回復魔法が殆どだったり。まあ少しは教えることもできるんだが、闇は未知だから何も教えられん。各々に魔力の巡らせ方も違うから、自分で研究と鍛練を続けるんだ」
「······わかりました」
おおう。その辺は特殊魔法と同じなんだな。
そういえばシエラも、マリア先生から指導を受けてたのは護身術とか体力作りがほとんどだったなと思い出した。
僕はそういうことだったのかと納得した。納得して。
──ん?
ふと疑問が沸き上がった。
それなら今日はどうして実習室に来たんだろうか。教えることがないならここに来る必要はないんじゃないか、と。
基礎課程を終了した生徒は、好きな場所での個人練習が許されていたはずだ。なのに何故今日も此処なのか。
こんな事なら自主練しつつ精霊探しに行きたいのに。
と思っていたら、疑問が表情に現れていたらしく、シド先生はしれっと理由を口にした。
「あ、それは俺が闇魔法を見てみたかったから」
「······え?」
······は?何言ってんの、コイツ?
「ほら。俺って光じゃん?」
「はあ」
「ほぼ回復オンリーじゃん?」
「まあ、光ならそうですよね」
「闇ってめっちゃ強そうじゃん?今は幻の精霊だし、見れる機会も早々無いからな。──って事で、見してくれ」
ドーン。と、効果音の付きそうな態度にドン引きした。
「ま、興味本位だ」
更にドヤ顔。引くわぁ。
ははは、と爽やかに笑われてもね。僕はひきつり笑いを浮かべながら、シド先生をジトッとした目で見つめた。
闇魔法の危険性がわからない為の安全策か。はたまた独り占めしてじっくり見てみたいだけなのか。
もう教えることもないのに実習室を借りた理由は、果たしてどちらだったのか。
なんて無駄!
「それに契約できてるの、まだお前ひとりだからな」
要するに暇なんだ、と。更に酷い補足説明を聞けば、僕の肩はガクッと落ちた。何だよその理由は。
僕は暇潰しか。こっちは真剣にやっているって言うのに。
生徒思いだなんて、やっぱり思い込みだった。前言撤回だ。
「見ててやるからやってみろ」
項垂れていれば、期待に満ちた眼差しで促される。
先生からの指示なら、従うしかないよな。僕は早々に諦めて溜め息を吐いた。
──まあ良いけどさ。
僕が今使える闇の魔法といったら、どうせ黒い靄が少し出せるくらいだし。
勿体ぶるほどのものでもないと諦めて、早速両手に魔力を巡らせ始めた。
水を救うように手を前へと差し出し、意識を集中する。
ざわっと体内の魔力が動くのを感じて、目を閉じた。
手のひらに魔力を集めてゆっくりと解き放つと、ふわりと黒い煙のようなものが溢れ出る。
自主練中に興味本位でこっそり試したけど、それくらいしかまだ出来ないんだ。
それでもお望みの闇魔法だ。さぞ喜んでくれるかと思いきや──。
「なんだ。こんなもんか」
なんとも酷い言いぐさに頬が引きつった。
じゃあやらせんな!と、言えないのが悔しい。まあ視線にはその気持ちをなみなみと込めたけど。
シド先生は少し考える素振りをして顎に親指をあてる。
なんだよ。まだなにか文句がおありで?
僕は冷めた視線をぶつけて、期待せずに次の言葉を待った。
「······ふむ」
「なんですか」
イラつきも露に突っかかる。シド先生は特に気にした風もなく、何やら思案していた。
思わず貧乏ゆすりでもしてしまいそうだったけど、それは我慢。シエラの身体だしね。ダメ、絶対。
「聖女候補と言われるほど精霊たちに愛されている割には、心が遠いな」
「······え?」
はい?心?
いきなり何の話しか良くわからずに、こてんと首を傾げる。
心が遠い?って、何?
「闇の精霊を呼んでみろ」
「はあ」
僕は指示されたまま、呼び掛ける。そういえば必要な時は呼べと言われたけどこうして呼ぶのは初めてで、少し緊張した。
「──闇の精霊」
······。
······。
······シーン。
僕の呼び掛けに応えるものはなく、静寂だけが変わらずあった。
「······え」
「ふむ」
「先生、」
「なんだ?」
「僕、この間契約しましたよね?」
「ああ。したな」
「どうして、応えてくれないんでしょう······?」
「さあ?」
さあ?って。
さあ?って!
ええー!!なんでー!?
呼べって言ったじゃん!あれはなんだったんだよ!
あれか!?呼べとは言ったが現れるとは限らんとか、そんな感じ!?──いやそんな馬鹿な!
僕がパニック状態になると、シド先生は小さな声で囁いた。
「光の精霊」
実習室がフワッと柔らかな光に包まれたかと思えば、目の前に精霊が現れていた。
"シド。お久し振りね"
「ああ」
え。
あ!
おお!光の精霊だ!
それは正に、光そのもの。
白く眩い煌めきを振り撒きながら、光の精霊が宙に浮いている。
なんて神々しい光なんだろうか。熱は感じないが、その揺らめきは真っ白な炎のようだ。
その真ん中には金色の核のようなものがキラリと存在感を放っていて、なお美しい。
僕はその姿に、闇の精霊を呼べなかった動揺も忘れて見入っていた。
"あら?あなた······"
「は、はいっ」
見惚れていた相手に話し掛けられて、声が裏返った。
うわー、なんだか凄い緊張する。
"闇の精霊と契約しているのね"
「はいっ」
"珍しい。初めて見たわ"
「そ、そうなんですか」
"ええ。特に私たち光の精霊は闇の気配を避けてしまう傾向にあるから、こうして契約者に呼ばれない限りまず会えないわね"
え!会えない!?会えないってことは。
「じゃあ僕は光の精霊と契約できない······?」
"そうね。難しいと思うわ"
「そんな······」
"残念だけど"
なんてこった。
さすがに七精霊全てとの契約を目指していた訳じゃないけど、光は狙ってたのに。
だって光なら、シエラを助け出したらすぐに癒してあげられるから。
でも僕が闇の精霊と契約してるから避けられるなんて。
そんなの、あんまりだ。
······ん?
でも今、会って話してるよな?
彼女(?)も光の精霊だよな?
それなら──。
「あなたと契約することはできませんか?」
これは名案だ!と僕は持ちかけたのだが。
それに対してシド先生から大きな溜め息が返された。
「お前、授業聞いてたか?」
「え?──あ」
あー······。
あーあーあー。
忘れてた。
そうだ、ダメなんだ。
既に誰かと契約している精霊は、他の人間と契約しない。シド先生が授業でそう言っていたのを思い出した。
それは精霊自身が自分の身を守る為の手段なのだ。
"ごめんなさいね。私の力ではシドひとりが精一杯なの"
「いえいえ!僕こそすみません!」
なんたる失言。僕はペコペコと頭を下げて只管謝った。
精霊が契約を通して人間に魔法を与える時、自らの保有する精霊の力を使う。それは生命力とも直結していて、使いすぎれば存在を保てなくなり消えてしまうのだ。
複数の人間と契約をして、その契約者たちが多発同時的に魔法を使ったら、その精霊は膨大な力を一気に失ってしまい、消える。そうならない為の安全策が単体契約だった。
個体によっては力の総量が多く、二、三人と契約する物好きも稀にいるらしいが、そんな精霊は滅多に存在しない。
だから人前に現れる精霊は主に、まだ誰とも契約していないか、契約者から呼び出された時のどちらかなのだ。
光の精霊は気を悪くした様子もなく、シド先生の元へとふよふよと近づいた。
"それで?私を呼んだ理由は?"
「ああ。聞きたいことがあってな。シエラは闇の精霊と契約したが、呼んでも出てこないんだ。なぜだと思う?」
なんと。シド先生はそれを聞くために光の精霊を呼んだのか。
僕はどう返されるのか興味津々に耳を傾けた。
"出てこない?"
「うんともすんとも」
"それは、不可解ね。普通契約できた時点で相性は良い筈だし、心も近しいと思うのだけど······"
「だよな」
"ええ。考えられるとしたら、心の距離としか。ごめんなさい。お役に立てなくて"
「いや、助かった。ありがとう」
"どういたしまして。それじゃあ、またね"
光の精霊はそう言うと、ふわっと消えた。
ええっと、つまり?
「と、いうことだ」
「と、言われましても」
やっぱりな、とひとり訳知り顔で頷くのはやめて貰いたい。
問題は心の距離って言われても、さっぱりだ。さっきシド先生が言ったことと同じじゃないか。
どうしたら良いのか具体的なアドバイスが欲しくて待ってみた。──けれど。
「心を寄せることだな」
「······」
だから、心を寄せるってどういう事だよ?
明確な答えを求めてシド先生を見つめる。しかし、知らんとばかりにふいっと視線を逸らされて、僕はがっくりと肩を落とした。
「ま、精進しろってことだ」
「······はい」
結局、僕にできるのはそれだけってことか。
──はい。
今まで以上に精進しますとも。
シエラへの道は、まだまだ先が長そうだ。
**********
「はぁ──······」
盛大な溜め息と共に、シド先生は僕が去った後の実習室にしゃがみ込んだ。
「あいつ馬鹿か?」
呆れというよりも、心配を大きく滲ませた声は誰に届くこともなく消える。
「あれじゃあ光の精霊と本当は契約してないの、バレバレだろ」
くしゃっと柔らかい髪を掻き乱してゆっくりと立ち上がれば、再び大きな溜め息が溢れた。
「墓穴を彫ってることにも気付かないし。大丈夫か······?」
明確な目的があって盲目的な視野の狭さなのは分かるけれど、これはお粗末すぎた。
このままでは何れ、とんでもないことに巻き込まれるのではないかと、嫌な予感がよぎる。
「はぁ──······。勘弁してくれ」
シド先生の人知れぬ苦労を、僕は知る由もない。
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