第29話 物忘れが……
しかし、それはどうにも難しい問題だ。洋子にとってはそうだった。
だって、空中に鎮座しているその物体は、ドリル。
あの、物に穴を開けたり、特撮とかで地下を掘り進むメカの尖端についているやつ、そのまんまだ。
でも、円錐形のそれは上下にそれぞれ長さの異なるドリルが、合体しているようなイメージ。
まんま、ドリル。それ以外に連想できない。
「まさかとは思うけれど、これって移動するときは?」
「え? 回転して浮き、自在に宙を行くに決まってるじゃない」
どっかであったな、自分で回転して空を飛ぶドリル。
「魔王とかと闘う時って、あの尖端で突撃したりするの?」
これはさすがに失礼な質問だったか?
怒りに満ちた反論を想像していたけれど、受け入れられた。
「聖盾を標準装備しているから、それも可能かもですね。でも、推進力とかそういうので突き進む兵器ではないので、やらないかと」
「燃料を後尾に装着して爆発させ、その推進力で飛ぶ機械とか兵器ってあったりする?」
「弾頭を搭載して行くタイプのもあるけれど、さっさと感知されて撃ち落とされるから、意味がないかな」
なるほど。索敵方法も段違いに異世界なわけだ。
そんなどうでもいい話をしつつ、リンシャウッドと洋子はずらりと並ぶ画面つきのコンソール台に座る。
オフィスとかで割り当てられる、個人用のパソコンみたいだった。
そういえばここで何をするのか目的を教えられてなかった。
そのことに気づいて隣に座る彼女に質問すると、位置情報を取得したかったのよね、と返事が返ってくる。
位置情報。つまりGPSで移動情報の履歴を確認するようなものか。
人工女神が管理しているこの国の全住民の情報を活かして、シャナイアと関連したモノ、人、その他に至るまで、この調査を始めた2週間前から現在までにおける全ての移動履歴を手に入れよう、ということらしい。
「先輩、それって個人情報はどうなんですか?」
「は?」
不思議そうな顔をされる。
しっかりしてよ、と肩を肩で突かれた。
「あなたがそうでしょ?」
「あ、そうだった。すいません、私つい」
「いつから私になったの? わらわはどこ行ったの? キャラがブレれると困るんだけど?」
「あれなんかしんどくて、馴染めないって言うか……。気が付いてみたら自分の呼び方も変わってたみたいな感じで駄目ですかね?」
「大雑把だなあ……。駄目に決まってるでしょそんなもの」
「はーい……わらわ、善処します」
これだけありとあらゆることに対して大雑把なんだから、そんなところぐらい目をつぶってくれよ異世界!
黒狼はあまりこの建物に長居したくないらしく、さっさと情報を自分の魔導ロイドにダウンロードすると、席を立ってしまった。
「なんで?」
「地下には闇の精霊がいろいろといるんですよ。相性の良くないのもいるの」
「黒狼の胎内に宿っていない、ってこと?」
リンシャウッドは居心地悪そうにしながら、急ぎ足で歩いて上階まで戻っていく。
後を追いかけて、それぞれの預けていた武器類を返却してもらうと、さっさと地上行きのエレベーターに乗り込んでしまった。
洋子としては魔素が豊富なこの地下世界の方が、上の世界よりも居心地がいい。
そう伝えると、人間はこれだから、などとぼやかれた。
純粋な魔素に近い精霊を宿すということは、それだけ魔素の溢れる場所に行けば影響を受けやすくなる。
下手すると、魔素酔いや体内の限界を超えた魔力を吸収してしまい、飽和状態を起こして心肺停止状態になるモノもいる。
そういう説明を聞くと、かなり恐ろしいな、異世界。
やっぱり慣れたくない、と洋子は肩を抱いて身震いをしてみせた。
犯罪捜査局に戻る。
オフィスで例のごとく聖槌オリビオルの柄を持つと、反転させてハンマー部分の頭で、床を軽く叩く。
今回も額にあった聖盾の宝冠が連鎖反応を起こして、デスクの周囲に洋子を中心として半径2メートルほどの、青い半透明な半球形結界が出現した。
「こういう小技だけは器用よね、洋……シャナイアって」
「いま洋子って言おうとしたでしょ?」
「さあ、なんのことだか」
うそぶく彼女のしっぽは微妙に垂れて、ソワソワと動いていた。
どうやら本音を見抜かれたときこういった仕草をするらしい。洋子は覚えておこうと思った。
「しっかりしてくださいよ先輩。私はまだ3日目なんで。この異世界」
先輩は何日ですか? なんて意地悪く質問してみる。
リンシャウッドはちょっと考えて意地悪だと反論する。
「六千とちょっと……。ああもう、分かったわよ。虐めないから! 仲良くやろう」
「本当に?」
「本当。こんなやり取りをしていたなんてあの子に知られたら怒られるだけでは済まないから」
なんだかよくわからないけど、瞳が妖しく輝いてるよ、先輩?
あなた達ってどういう関係なの?
これから長いこと一緒に住んでいるのだから、訊かなくてもそのうちわかるだろう。
洋子は二人のプライバシーには首を突っ込まないことにした。
賢い賢い。
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