第8話 スパルタの黒狼

「それはそうだと思う。だって、あなたは招かれた存在だから」


 シオンライナは物知り顔でそう言った。招かれたとはどういうことか。

 論より証拠かな、と言いシオンライナは窓を大きく開ける。


 外には青空と、青々とした豊かな森林が広がっていて、遠くに見える山脈にはうっすらと雪の頂が見える。

 雲は白いし、空気も普通。視線を下ろせば下には昨夜いたはずのレンガの街並みがある。


 そこは小高い丘の上にある――抱き上げられて、窓の外に顔を出せば、ようやくどういった場所なのか理解できた。

 塔の上だ。窓の外にはテラスがあり、シオンライナにがっしりとしがみついて離れないようにしながら、洋子は世界を見た。


 異世界を。


 空を行く、鳥よりも大きく、飛行機よりも俊敏な生き物を。翼の生えた獣を。


 涙のしずくのような、涙的型をした空飛ぶ車のような物が、中に大勢の人を載せて天空を行き交っている。

 雲の合間には、地上に薄暗い影を落とす、巨大な天空要塞のような人工物や、島が浮いて見えた。


 そして、背後には城がある。西洋のゴシック建築に似た様式美を備えている、青灰の城だ。


「これを見てもらって判断していただけないかしら?」

「……異世界だ」

「そうですね。これが私たちの住んでいる世界、エクスローです」

「エクスロー」


 もう、驚きを通り越して溜息しか出てこなかった。


 テラスからの展望をひとしきり堪能すると、これはもう認めるしかない、と洋子の心にも諦めがつく。

 ひとまずというやや安易な物だったが、ここでごねて外に放り出されたら、それこそ生存の危機に瀕してしまう。


 まあ、ここでいることを選んだからと言って、まともな未来が保証されているとは限らないが。

 一抹の不安を覚えながら、洋子は室内に戻るとテーブルを囲んで椅子に座った。


「それ!」

「私の魔銃がなにか?」


 魔銃というのか。そのライフルもどき、それは凶器だ。

 考えてみたら、いまは背中から外されて壁にかかっているシオンライナの直刀も、十分、凶器だったが。


「それ、使うの卑怯です」

「……口だけは達者なことで」

「子供ですから。リンシャウッドお姉ちゃん」

「お? お姉ちゃん?」

「うん。リンシャウッドお姉ちゃん、いじめないで?」

「うっ……弱い者いじめなんて、しません、よ。ええ、しませんとも」


 思ってもみなかった懐き方をされて、リンシャウッドが戸惑った表情を見せた。

 よし、この黒狼はこれでしばらく大人しくなるだろう。


 年上のまともな人間は、立場を立ててやればこちらを嫌っていない限り、それ以上のいじめはしないものだ。

 あくまでこちらが下で、相手の命令に従順であればだけど。


 しかし、人間のみの経験になるけれど、相手が心で馬鹿にしていれば、誰でも態度で理解するから……より、自然に近い生物だろう獣人はその辺り、もっと鋭敏な気がしてしまい、リンシャウッドには口先だけのことは言わないようにしよう、と洋子は改めて危険人物リストの上位に黒狼をリストアップした。


「ありがとうございます、リンシャウッドお姉ちゃん」

「どうでもいいけど、ヨーコ? は本当に10歳?」

 いや、自分からそう名乗った覚えはないよ? ただシオンライナがそう推測しただけで。

「そう、10歳くらい? でも中身は16歳」

「へえ。それは驚きですね。見た目は若返ったということですか」

「やっぱり! こいつ信用ならないわよ、シオン! 16才だったら、私たちと同じじゃない!」


 あれ、と洋子は目を瞬かせた。シオンライナは20歳を越えているように思っていたからだ。

 黒狼の方は、なんとなく外観と年齢が一致して、こっちは納得できる暴露だった。


「なんだ、リンシャウッドは同じか」

「あー! お姉ちゃん、はどこに行ったの?」

「いや、同年齢だったらもういいかなって。そっちが見た目で立ち位置をどうこうするなら、こっちも同じだし。でも、その魔銃は、なんの抵抗もできない私に向けるのはどうかと思います」

「……敵だってもし分かったら、いいわね」


 黒狼の眼はマジだった。

 どうしてそこまで敵味方の線引きをしたがるのか、平和な現代日本に生まれた洋子には理解が及ばない。

 やり取りを黙って聞いているシオンライナだって、普通に刃物を帯びて外出していたし、あんなに長い刀剣類は日本では携行禁止だ。


 それが許されているだけでも、この世界が物騒だということに、洋子はこの時点で気づかなければならなかった。


「私何もできないよ」

「女神様があなたをこの世界に呼ばれたから、なにか使命を与えてくださるのでしょうね」

「使命……? 見返りもなく?」


 いまひとつピンとこない。使命って何だ?

 それは労働の対価に見合うものが何も存在しない行為なのだろうか。


 宗教観念的な思想が入っているようで、どうも受け入れがたい言葉だった。

 特定の宗教に入っていない日本人の洋子にしてみれば、特にそれは心理的な抵抗となっていた。

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