2 リーダーがひどいのです(1)

「ユーマちゃんごめんなさい、ちょっといいかしら?」


 相談室のアヤさんに呼ばれた。


「どうしました?」


「さっきからお話を聞いてる人がいるんだけど、どうも落ち着いてくれなくって。ちょっと代わってくれると嬉しいなって……」


 聞き上手なアヤさんでもこういうことがある。

 大抵いかつい男性が暴れているのだ。

 そういうときは僕かハロルドさんが代わる。

 今はハロルドさんがいないので僕しかない。


「分かりました、アヤさんは他の仕事をお願いします」


「あらぁ〜 ありがとう♡ よろしくねぇ」


 頭をナデナデされる。

 子ども扱いされているようで気恥ずかしい……


 だけど心地いいはいいから抵抗はしない。

 うん、気が済むまで撫でてもらおう。



 ひとしきり撫でられた後、相談室へ。


「なぁアンタ、聞いてくれるか?! アイツイカれてんだよ! 無駄に女連れてきてさぁ! 何の意味があるってんだ、クソッ!」


 机を叩いて怒りを露わにする、体格のいい男性がいた。


 なるほど僕が代わった方がいいな。


「落ち着いてください、どうしました?」


「もう我慢の限界なんだ! 頼む、アイツをなんとかしてくれぇ!」


 今度は涙目になった、情緒豊かな人だな。



 彼をなだめつつ話を聞いた。

 名前はマルボウさん、C級パーティ戦士。


 C級というのはパーティランクだ。

 冒険者登録は16歳から可能で、登録すると4人パーティを組むことになる。


 それぞれのパーティにランクが付与され、下からE、D、C、B、A、S。

 大まかな基準はこのようになる。


【E級】 新米、ダンジョン攻略未経験


【D級】 低級魔物〜ゴブリンなど〜が出現するダンジョンを攻略可能


【C級】 中級魔物〜トロールなど〜が出現するダンジョンを攻略可能


【B級】 上級魔物〜ドラゴンなど〜が出現するダンジョンを攻略可能


【A級】 上級魔物が出現するダンジョンを単独で攻略するに値する実績を有する


【S級】 超級魔物〜魔王など〜の討伐を例に、史上類まれな実績を有する


 E級からD級の昇格は各ギルドのクエスト完了報告で達成される。

 A級からS級の昇格は政府の臨時審議会で決定される。

 これら以外の昇格はギルド庁の審査による。


 人口が多いのはD級からC級。

 B級から敷居が高くなって、A級は国で数えられるくらいしかいない。

 S級は本当に童話、伝説上の存在で、今はいない。



 それでマルボウさんいわく、パーティリーダーのオメロスさんがクエストのたびに不要なパーティを連れてくるらしい。


「俺たちだけで絶対クリアできるクエストに女4人、全員遊び人のパーティ連れてくるんだぜ?! それで報酬は山分けって、おかしいだろ!」


 クエストは単独パーティで攻略する必要は無く、複数での攻略が推奨される場合もある。


 ただ連携は取りづらくなるし、1人あたりの報酬も減る。

 人数を感知して作動するダンジョントラップもある。

一概に大人数がいいとは言えない。


「報酬はどれくらいに?」


「1人2,000ゴールドだ! 少なすぎんだろ?!」


 1Gは大まかに前世の100円にあたる。

 中級魔物を討伐して20万円では、あまりリスクリターンが見合っていないな。


「その女性4人のパーティは攻略に全く貢献していないと?」


「そうだよ! 俺たちがミノタウロスと戦ってる間、何してたと思う? 後ろでず〜っと『オメロスカッコいい!』なんて言いながら踊ってただけだぜ?!」


「その踊りでバフがかかったりは?」


「無い! だいたいアイツらスキルも取ってないんだ、ハナからやる気無いんだよ!」


 要するにオメロスさんが自分の彼女たちにいいところを見せたいんだな。

 お小遣いをあげる目的でクエストに参加させていると。

 従来のメンバーは面白くないだろう。


「直接オメロスさんに聞いてみましたか?」


「聞いたよ! でも『リーダーは俺だ、口を出すな』って取り合ってくれないんだ」


「他のメンバーは何と?」


「オメロスが怖くて何も言えないってさ、諦めてんだよ」


「オメロスさんに強く言えないのはなぜですか?」


「それは…… オメロスが強いからだ。魔物へのダメージのほとんどは、アイツだから……」


 歯切れが悪くなったな。


「パーティの火力担当には何も言えないと?」


「……そういうことになるな。俺たちはただの盾役タンクだ」


 つまりオメロスさんのワンマンチームということだ。

 彼がいないとクエストはクリアできない。


 なるほど、パーティ内の力関係が大分偏っている。

 だからどれだけ不満があっても我慢するしかないのか。



 さて、事情は把握できた。

 だけど言えることは1つしかない。


「マルボウさん」


「ん?」


「パーティを脱退してはいかがです?」


 リーダーの方針に問題があるとはいえ、何かルールに違反しているわけではない。

 だからギルドが公に対処することはできず、当事者間で解決してもらうしかない。

 簡単な方法が脱退だ、さっさと抜けてしまって他のパーティに再就職すればいい。


 そう思っていたのだが。


「ダメなんだ」


「え?」


「脱退は、したくない」


 なんと、脱退の意思は無いのか。


「なぜです?」


「……俺、いくつに見える?」


 ん? いきなり年齢の話?

 女子なの?


「そうですね…… 28、でしょうか。」


 正直30代後半にしか見えない。

 だがそれを直接言うのは野暮だから、若すぎない年齢を言ってあげた。


「ハッ、20代に見えるのか…… 俺もまだやれんのか……?」


 やれません、リップサービスです。


「38だよ、驚いたか?」


 いいえ。


「はい」


 それで年齢がなんの……


 あぁ、そういうことか。


「次のパーティが見つかるか、年齢的に不安ということですね。」


 38歳は冒険者としてはベテランの域。

 一般的にはB級パーティに所属しているか、遊び感覚でダラダラ続けている。

 引退も視野に入るころ。


 その中でマルボウさんはC級なので、高齢で実績も弱いときた。

 冒険者業で食べていけるだけの再就職先を見つけるのは困難かもしれない。


「そうだ、俺はもうこんな歳になった。このパーティを抜ければ次なんて無い。だからあんなリーダーでもしがみつくしかないんだ。頼む、アイツを説得してくれ」


 しかしギルドとしては注意することしかできない。

 話を聞く限りオメロスさんがそれで変わってくれるとも思えないが。


「でしたら、冒険者をやめるというのは? マルボウさんは戦士で体力があります。鉱夫や農家、土木作業員に転向しては?」


 何も冒険者に縛られなくとも職はたくさんあるのだから。


「……そうか、アンタもそう思うのか。俺だって気付いちゃいる、冒険者なんてさっさとやめちまえばいいってな」


「それなら」


「それでも!」


 マルボウさんが声を張る。


「それでも、冒険者は夢なんだ。小さいころに勇者の絵本を読んだときからずっと…… だから……」


 夢、か。

 冒険者の誰もがそう言う。

 勇者に憧れて自分もその一歩を踏み出す。


 しかし現実は甘くない、割り切ることも必要だ。

 夢では食べていけない。


「……分かりました、オメロスさんとお話します。あくまで注意という形になりますが」


「それでいい、助かる。明日、連れてくるから」


 マルボウさんは帰っていった。



「ユーマちゃん、ありがとう。どうだった?」


「ちょっと込み入った話でしたね。」


 内容を手短にアヤさんに説明した。


「そうねぇ、可哀想だけど、私たちじゃそれ以上できないものねぇ」


「はい、一応注意するだけしてみますが……」


 オメロスさんに分別があればいいんだけど。

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