隣人のクールな首席は俺の食生活が気になるらしい

タツキ屋

プロローグ

生徒会室の窓から差し込む秋の陽光が、机の上の書類を優しく照らしていた。片付けかけの資料が散らばる中、遼は深いため息をつきながらソファに身を沈めた。隣には楓が静かに座っている。


「ねぇ、楓」


「なに?」


彼女は窓の外に向けていた視線をゆっくりと遼の方へ向けた。その仕草には、いつもの落ち着きと優雅さが漂っている。半年前の入学式で見た冷たい印象の彼女が、今では親しい存在になっているという事実に、遼はまだ少し戸惑いを感じていた。


「膝枕、してくれない?」


思い切って言葉を投げかける。その瞬間、楓の表情が一瞬だけ崩れた。驚きと、それ以外の何か――遼には読み取れない感情が、一瞬だけ彼女の瞳に宿る。


「……なんで?」


「別に理由なんてないよ。ただ、そうしたい気分になっただけ」


楓は小さく息を吐くと、諦めたように微笑んだ。


「もう。遼くんって、たまにわがままだよね」


そう言いながらも、彼女はスカートの裾を整え、姿勢を少し崩して座り直す。まるで、こんな展開を予測していたかのような自然な動作だった。


「はい、どうぞ」


遼は恐る恐る、彼女の膝に頭を預けた。すると、楓の指が優しく彼の髪に触れる。ゆっくりと、まるで大切な何かを扱うように、髪を撫でる感触。


「ふーん。遼くんも疲れることがあるんだ」


少しからかうような、でも優しさの溢れる声。


「疲れてるわけじゃないんだ。ただ……」


言葉を探しながら、遼は目を閉じる。楓の指先が髪を優しく梳かしていく。その感触に、心がゆっくりと溶けていくような感覚。


「ただ?」


「ただ、楓といると落ち着くから」


正直な気持ちを告げると、楓の指の動きが一瞬止まった。けれど、すぐにまた優しい動きが始まる。


「そう」


たった一言の返事。でも、その声には確かな温もりが込められていた。


生徒会室の窓から差し込む光が、二人を包み込む。廊下から聞こえる足音も、どこか遠い世界の音のように感じられた。


「楓」


「なに?」


「覚えてる? 半年前、僕たちが出会った日のこと」


遼の問いかけに、楓は静かに頷いた。


「ええ。引っ越しの日でしょ?」


「うん。あの時は、まさかこんな風になるとは思わなかったな」


楓は少し考え込むように言葉を選んでから、答えた。


「私もよ。むしろ、避けようとしてたくらいなのに」


その言葉に、遼は小さく笑う。


「知ってたよ。最初の頃、楓が周りと距離を置いてたの」


「......バレてた?」


「うん。だって、俺も似たようなことしてたから」


静かな告白に、楓の指が優しく遼の髪を撫でる。


「私たち、似てるのかもね」


「そうかもな」


二人の会話が途切れ、静寂が訪れる。けれど、それは居心地の悪いものではなかった。


遼は目を閉じたまま、あの日のことを思い出していた。春の柔らかな日差しの中、初めて彼女と出会った日のこと――。

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