珠景色の春風鈴

美珠夏/misyuka

序章

あの夏を想い続けて

 

 私の心は、今もあの夏に居る――


 いつか、帰って来てくれると信じていた。

 世界で一番大切で、誰よりも大好きな人。

 今でも姉さんとの思い出は、色褪せる事なく光り輝いています。


 最後の日は、笑顔でお別れしましたね。

 革命前夜は、涙が枯れるまで二人で泣きました。

 遠い日の記憶なのに、今でも鮮明に覚えています。

 島の最後の姫になったあなたへ。

 私が想い続けて来た珠景姫みかげひめへ。

 神島色歌かみしま いろかの人生も、もうすぐ終わりを迎えそうです。


 あの夏、十四歳だった私も、九十七歳のお婆ちゃんになりました。

 もし、今も姉さんが生きていたら、節目の百歳を迎えていましたね。

 私は姉さんより八十年多く生きていますから、その分の人生経験を積んできました。私が描き足してきた物語は、抱えきれない程に思い出で溢れているんです。

 でも、もう思い出せない。

 忘れてしまったんです。

 何も持たずに生まれて来た私達は、何も持たずに還るように出来ているのでしょうか。

 切ないですけど、それが人生なのかもしれません。

 ただ、私はわがままなので、最期まで宝物を手放さないで生きようと思います。

 珠景姫みかげひめと生きた日々は、忘れません。

 姉さんも覚えていてくださいね。

 再会を果たしたら、あの日の続きを生きましょう。

 懐かしい思い出を語り合って、新しい夢を見るんです。

 そんな日が来る事を信じて、私は今日もあなたの帰りを待っています。


 でも、今日は私から会いに行きますね。

 ようやく曾孫が産まれたんです。

 可愛い女の子で、名前は『つむぎ

 曾孫の顔を見せに、姉さんが居る御神体へ行くので待っていてください。

 私は全ての約束を果たしましたよ。

 それでも、姉さんは帰って来てくれないんですか?


 私、ずっと待っていたんだよ――

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珠景色の春風鈴 美珠夏/misyuka @misyuka817

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