8. 会いたい気持ち
カフェではお客様のための理想のイケメン兄弟であった碧人と健人が、実は「あお兄」「ケン」と呼び合ってお互いを愛していた。本当の2人は今でも両親のことを思っているようだ。
幸成はそんな2人を見て自分に何かできないかと考えたが、兄弟や家庭の事情に首を突っ込むのも良くないと思い、しばらく様子を見ていた。
あれ以降、2人のカフェでの様子は変わらず桜シリーズの売れ行きも好調であった。
「僕はアルバイトとしてやるべきことをやっておこう。そうだ、もう少しこのカフェのために何か出来ることはあるかな」
幸成は家に帰ってスマホを見る。するとカフェに関するSNSを見つけることができた。今人気のカフェや、全国のカフェを巡っている投稿もある。
「すごい。こんなに色々なカフェがあるんだ」
その中で気になる投稿があった。
『セプタンブルはイケメン兄弟だが、あの顔面偏差値の高さはこっちが緊張する。アヴリルの岳さんは、格好よくてかつ人生経験の豊富な大人のおじ様でリラックスできる』
『わかる、あの兄弟はいつも一緒で見飽きてくる。岳さんはいつ行っても話が面白くて珈琲も飽きずに飲める』
『兄弟のカードでいちいち騒ぐファンが騒がしくて落ち着かない。アヴリルはそんな常識のないファンはいない』
幸成は驚く。
「何だよこれ。アヴリルと比較する投稿ばかり。最近出来たカフェか。隣町だけど割と近いから比べられるんだ。あれ、雑誌も売ってる……?」
早速幸成は雑誌を購入し、次のアルバイトの時に兄弟の所に持っていくことにした。
そして、事前に幸成から兄弟に「相談がある」と連絡していたため、ある日の営業時間終了後に時間を取ってもらえた。
「ゆきくん、相談って何?」と碧人が尋ねる。
「もしかして、アルバイトがしんどい?」と健人が心配そうである。
2人とも優しいなと思いながら幸成は言う。
「あの……このSNSサイト、知っていますか?」
幸成は「アヴリル」と比較された「セプタンブル」の投稿を見せた。
ちらっとだけ見た兄弟。
「ゆきくん、ありがとう。こういうのはよくあるんだよ。それだけ認知されているってことだから」と碧人。
「そうそう、気にしていたらキリがない」と健人も言う。
「そうなんですね、僕はちょっと悔しくて。アヴリルって最近出来たカフェなんですよ。雑誌にも載ってたんです」
幸成がそう言って雑誌を広げて特集ページを見せた。
「ダンディな経営者の大人でシックなカフェ〜あなたと素敵なひとときを〜アヴリル」
50代でセンターパートのミディアムルーズヘアに髭が似合う経営者、岳のインタビューが掲載されている。
それを見た碧人と健人の顔色が変わる。
「こっちはもっと大人向けのカフェだから、確かにうちと比べるものでもなさそうですよね」と幸成が言う。
しかし、碧人も健人も雑誌の中で微笑む岳を凝視したまま動かない。
「どうかされましたか?」と幸成。
「……」
「……」
「この人は、僕達の父さんだ……」
碧人がふぅとため息をついて言った。
「えっ……あの……ここをお2人に託して出て行かれた……お父さん?」と幸成が驚く。
どうりで格好よくてオーラがあって、写真映えもする。よく見ると兄弟と顔つきも何となく似ているような気がした。
「父さん……どうして……? うちに帰って来てくれても良かったのに……」と健人。
「ケン、母さんとの思い出のあるこの店に父さんが戻ることはないって言っただろう? 父さんは父さんなりに新しい人生を歩むことを決めたんだよ。まさかこんなに近くにカフェを出店するとは思わなかったけどね」と碧人。
「だけどさ……アヴリルって確か……」
アヴリルは4月、つまり‥‥
「母さんの誕生月だ」と碧人。
新しい人生を歩むと言っても……妻のことは忘れないということなのか。
「あお兄……俺……父さんに会いたいよ」
「ケン……僕達が会いに行ったところで父さんがどう思うか……」
それでもこの5年間、父親がどのような思いで過ごしていたのか、息子達のことを考えていたのか……
幸成は思い切って2人に提案する。
「お父さんに会いに行ってもいいんじゃないでしょうか? もしかしたら……お父さんも碧人さんと健人さんに会いたいと思って、あえて隣町にカフェを作ったのかもしれないですよ?」
「ゆきくん、ごめん……今すぐには決められない。もう少し考えるよ」と碧人。
健人は父親が出て行ったことを思い出したのか、碧人に抱きついている。
「あお兄……」
「ケン……大丈夫だ。ゆっくり考えよう。僕がついているから」
碧人が健人の背中をぽんぽんとして落ち着かせていた。
※※※
3月の中旬を過ぎた頃であった。兄弟と幸成は「セプタンブル」に来る客が徐々に減っていることに気づく。よく来てくれる客達が急に来なくなってしまったのだ。そこで営業時間終了後に3人で話し合うことにした。
「3月って年度末で忙しいから、皆さん来れないのですかね?」と幸成。
「いや、ここまで来なくなったのは初めてだ」と碧人。
「まぁ……ピークは秋以降のハロウィン、クリスマス、バレンタインだからね。それ以外の売りって、あのアップルパイぐらいだよね。けれどテイクアウトだから……もうアップルパイを買う人はワンドリンク制にしちゃう?」と健人。
「駄目だ。これは昔からテイクアウトで、金曜日に自分へのご褒美や、お土産に買ってもらうためのものだから、ドリンクでお金を取るなんて」と碧人。
アップルパイ以外にも、兄弟の気まぐれプチデザート付きのランチなど、自分達なりに工夫はしてきたのだが……5年も経つと飽きられるのかもしれない。
「もしかして……」と幸成。
カフェのSNS投稿を確認する。そこには「アヴリル」の投稿がたくさんあった。
『アヴリルの珈琲とシンプルなショートケーキがレトロで好き♡』
『セプタンブルも良かったけど、今はアヴリルの気分♪ 珈琲の美味しさが桁違い!』
さらに前はセプタンブルのフォロワーの方が多かったのに、アヴリルがフォロワー数を上回っている。
「碧人さん、健人さん……アヴリルにお客様が流れているような気がします」と幸成。
「えっ……父さんの店に?」と健人。
幸成のスマホ画面を見る碧人。確かに、アヴリルに関する投稿者の多くはセプタンブルにも通っていたお客様達。
「どうして……やっぱり父さんにはかなわないのか?」と碧人。
すっかり自信をなくした兄弟であったが、2人に幸成が提案する。
「やっぱり一度、お父さんに会いに行かれてはいかがでしょうか? アヴリルの特徴も掴むことができるかもしれませんし」
「あお兄、俺……父さんに会いに行きたい。ここから出て行ったとはいえ、俺達にカフェの経営を教えてくれたのは父さんだよ? このまま悩むよりも、一度会いに行ってもいいんじゃない? 俺……あお兄と一緒に行きたい」
しばらく考えていた碧人が言う。
「そうだな、父さんに会いに行くか」
「あお兄……!」
「ゆきくん、一緒に来てくれる?」と碧人。
「えっ? 僕……必要ですか?」
「ゆきくんがいると、僕達は落ち着くんだよ。忙しいところ悪いけど……お願いしていいかい?」
「俺もゆきくんに来てほしい……」と健人。
「分かりました。ご一緒させていただきます」と幸成が言った。
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