早乙女 さおとめ

雨世界

1 早乙女 さおとめ ……君は、誰?

 早乙女 さおとめ


 ……君は、誰?


 その日、中学一年生の柊木真冬が教室の中に入ると、一人の見知らぬ女子生徒がいた。

 その生徒は教室の中に入ってきた真冬を見るなり、「あなたこの教室の生徒?」と真冬に言った。

 そうだよ、と真冬が答えると、その女子生徒は座っていた机から(偶然だとは思うけど、それは窓際にある真冬の机の上だった)下りて、ドアのところに立っている真冬のところまで早足で歩いてやってきた。

「私、芽衣って言うの。早乙女芽衣。よろしくね」と芽衣は真冬に言った。

 芽衣はその小さな手をすでに真冬に差し出していたので、真冬は遠慮がちにその芽衣の手を握って握手をした。

 ……芽衣の手は、とても冷たかった。


「私、この街に引っ越してきたばかりなの」と芽衣は言った。

「つまり、転校生なの。今日、転校してきたのよ。だから、この学校にもきたばっかりで、よくどこになにがあるのかとか、どこにどんな人がいるのかとか、どこが楽しい場所なのか、あるいは、どこが危険な場所なのかとか、そういうことがよくわからないんだよね」

 芽衣は真冬の顔をじっと見つめた。

「あなた安全そうだしさ、学校の中、案内してくれないかな? 今から」

「今から?」真冬は言う。

「そう。こんな朝早くに学校にいる人なんて、私とあなたと、あとは早朝の時間を受け持っている先生くらいしかいないでしょ? だから、ほかの生徒たちが登校してくる前に、少し学校の中を見ておきたいんだよね。あと、やっぱり暇だしさ」

 真冬は、できれば芽衣の案内をしたくはなかった。

 真冬は誰もいない教室で、軽く掃除をしたり、勉強をしたり、窓の外を見たり、それからじっと静まり返った教室の中や、なにも書かれていない真っ白なホワイトボードを見て、いろんな物事を考えたりしたかった。

 そのために、真冬はいつも少し早くに学校に登校をしているのだ。

 だけど芽衣はそんな真冬の答えも聞かずに「いこ」と言って、真冬の手を取ると、真冬を引っ張るようにして、二人は教室から廊下に移動した。

 なので真冬は仕方なく、芽衣に学校の中を少しだけ案内することにした。

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