僕が勃起(♂)したらお嬢様が死ぬ

 姉が死んでから、1ヵ月が経過した。


 そんな最中、姉の遺品の整理と身の回りの片付けにお世話になっていたマンションの引き渡しを済ませた僕はとある場所に訪れていた。


 マンションを引き払った時には姉との思い出を手放してしまうから躊躇いを覚えた……だけど、いつまでもあそこに居続けたところで死んだ姉を思い出してしまうので、正解だったと思う。


 和奏姉さんは、僕のくよくよした姿なんてきっと見たくない筈。


 だから、僕はあの日やってきたお嬢様である百合園茉奈が理事長代理を務めているという仕事場……即ち、超がつくほど有名なお嬢様学校である百合園女学園の理事長室に単身でやってきたのだった。


「理事長である兄の代わりとして言祝ことほごう。君の入学を祝福し、許可するよ、唯。私は嬉しい。とても嬉しい。何が嬉しいって君には私の純潔を奪ったという責任を取るつもりがあって、そんな素敵な人とこれから学園生活を送れるという事実が凄く嬉しい」


 アニメや漫画で見るような理事長室にあるような豪華絢爛な机に、まるで我が物顔で座っている金髪の少女がそこにいた。


 窓から入ってくる朝の光よりも眩しい笑顔で、とんでもない発言を口にした彼女  以前に会った時の彼女の姿は喪服を思わせるような黒いコートであったのだけれども、今の彼女はここ百合園女学園が指定する制服に袖を通しており、恩人であるという贔屓目なしでも彼女はとんでもないほどの美少女、だが。


「せ、責任って何ですか⁉ あれは貴女が勝手に勘違いしただけですよね⁉ それと純潔を奪われたのは僕の方ですよ⁉」


「黙らっしゃい。私は君のような見た目が美少女な男に汚された。この事実は未来永劫どうあれ変わらない。それから私の事は貴女ではなく、お嬢様あるいはご主人様、或いは理事長代理、もしくは妻と呼ぶように」


「つ、妻ぁ……⁉」


「何を豆鉄砲を喰らった鳩のような顔を浮かべている。私は君の異性の象徴たるアレを目の当たりにしてしまった。……その、ね? あの日以降、私はキミ以外の男の人と一緒にいるだとか全然考えられなくなっちゃって、唯のことしか考えられなくて……ではなく! 私を辱めた責任を取れ。これは命令だ、いいな?」


「め、命令って……! 普通に僕を女子校以外の場所に送ればいいだけじゃないですか……⁉」


「君は私と同じ高校で過ごしたくないと言うのか⁉」


「そう言っているんですよ⁉」


「……少し、傷ついた。こうなれば、アレだ。私の乙女心を傷つけた報いを、百合園一族を敵に回した事を後悔させてやろう。具体的に言えば理事長室に付いている放送器具を使って君が女装をした変質者だって事を周囲に知らしめてやるとしよう」


「きょ、脅迫⁉ ちょ、それはいくらなんでも……⁉」


「嫌だろう? ほーら、嫌だろう? どうするんだ? ん? こういう時はどうするんだったかなぁ? 君には私に対して何か言う言葉があると思うんだがなぁ?」


「す、すみませんでした! どうかこの学園に通わせて下さいっ!」


「うんうん。唯は偉いな。これからもっと私好みの美少女になってくれたまえよ?」


「ぼ、僕は男ですから無理な相談ですね……」


 不敵そうなニマニマとした笑みを浮かべつつ暴論を繰り出し、頬と耳が隠せないぐらいに赤くなっている偉そうなお嬢様。


 しかし、彼女は偉そうではなく、実際に偉い。

 

 私立学園特有の多大な学費はゼロにしてくれたし、決して安くはない入寮料も無料にしてくれた。


 それどころか月単位でお給金をくれると言うのだから、まさに破格の待遇。これを偉いと言わずして何を偉いと言うべきか。


「ところで君は本当に男なのか? もしかしたら、あの日の事は夢だったりするのか? 随分とまぁ百合園女学園のが似合っているじゃないか」


「僕は男ですよ⁉ というか、何で僕がをしないといけないんですか⁉」


「何故って、そういう制服を着用しなくてはならないという決まりがあるからな。決まりなら仕方ないだろう?」


「決まりだったら、男の僕が女学園に入る方がおかしいですよ⁉」


「私から言わせるとそこらの女子生徒よりも女子らしいのがおかしいが」


 からかうようにそう口にするお嬢様であるのだが、確かにこの格好で最寄りの駅からキャリーバックを引きながら学園までやってきたというのに、僕は数にして4回ほどのナンパに遭遇したし、何なら駅の中で痴漢に襲われてまた犯罪者を警察に突き出した。


 おかしいだろう、例え女性の服を着ていたとしても僕は男だぞ⁉

 この世の人間の目は節穴なのか⁉

 いや、確かに僕の姿形は男らしいだなんてとても言えたものではないけれど!


「初めて君と会った時から思っていたが、君の声は変声期前の子供みたいに高いし、身体もちょっとどころじゃないレベルで華奢。しかも、肩も女性が羨むであろう撫肩だし、お尻は色っぽく膨らんでいる。これで男はちょっと無理がある」

 

「男ですよ⁉ 入学する為に必要な書類に僕の個人情報がいっぱいあったじゃないですか⁉」


「いや、これは君が男性であるという前提を知っている人間としての忌憚なき意見だ。主観抜きで本音を言えばこのまま街に出歩いても女装だと絶対に疑われない。やっぱり君は男じゃなくて女なのでは?」


「お嬢様や世間がどう言おうとも僕は男ですよ⁉ 市役所や病院に行けばすぐにでも分かりますってば⁉」


「とはいえ、なぁ?」


 そう言いながら、疑念の目で制服姿に身を包んだ僕をじろじろと見つめてくるお嬢様であった。


「うちの制服がロングスカートで良かったな。チラリと見える黒タイツも、その黒タイツに覆われた脚も大変健康的で実に良い。うん、これなら君の突起物が学園生活中に勃起しても注目されなければバレそうにないな」 


「ぼっ……⁉ し、し、し、しませんよそんな事⁉」


「頼むから男だとバレるような勃起だけはしないでくれ。君が勃起したら退学処分を下さねばならないし、私も社会的にも死ぬ」


「そんな心配をするぐらいなら最初からこんな真似をしないでくださいよぅ……⁉」


「ボレロ型の制服だから男性特有のボディラインが浮き彫りにならないか少し心配だったが問題はなさそうだ。というか腰が細すぎるし、くびれがエロいな君。これで突起物がついているだなんて生命の神秘さえ感じるな」


「ぅ……! うぅ……! じろじろと僕の下半身を見ないでください……!」


「安心しろ。私はキミの所為で頭がおかしくなっているからこれでお相子だ。全く、人の性癖を壊すだなんて、君は酷い人間だな」


「それは勝手に壊れたお嬢様が一方的に悪いだけじゃないですか⁉」


「絶対に許さんぞ、この性癖破壊テロリストめ」


「そんな事を僕に言われてもどうしようもないじゃないですかぁ……⁉」


「にしても男の子がスカートを穿いているというのに、全く違和感が仕事しないな」


「持ってくださいよ違和感⁉」


「持てるものか。鏡越しで自分の姿を見てみるといい。どこからどう見ても和奏にそっくりな美少女じゃないか」


 そう口にした彼女はどこかのお偉い様が印籠を差しかざすように手鏡を持つと、それの鏡面を僕の方に向けて、今の自分の姿をまざまざと見せつけてきたのであった。


 ――そこに写っていたのは死んだ姉によく似た自分の姿であった。


 一瞬だけ自分の事を姉と勘違いしてしまったのは、姉がよく着用していた百合園女学園が指定する紺色のボレロ型の制服に身を包んでいたからであった。


「今の君の背格好は在りし日の和奏を彷彿とさせるな。髪の色も和奏と同じだから、こうして見ると本当の姉妹のように思えてならないよ」


姉弟していです……! 姉妹じゃありませんよ……⁉」


「とはいえ、紺色の制服の色に映える髪色だ。うん、私は好きだな」


「それを言うのならお嬢様だって金髪が映えているじゃないですか。別にどうでもいいじゃないですか髪の色なんて」


「いいじゃないか、銀髪紅目。金髪碧眼の私と対を為すという絵面も良いし、まさに理想の主従関係じゃないか、なぁ?」


「よくありません。こんな髪の良さなんて、食事を作った時に自分の髪が料理の中に落ちているかいないかが分かりやすいぐらいで全く使い物になりません」


 僕の血の半分は海外の血が流れている。

 というのも、母方の祖先が北欧に住んでいたらしく、遺影に写っている母親の髪色は銀髪だった。


 同じように遺影に写っている父親の髪色は典型的な日本人の黒い髪であったのだが、僕も姉のどちらとも彼の髪色を遺伝する事はなかった。


 幼い時に両親を無くし、姉弟2人揃って奇抜な髪色をしていたものだから、周囲の視線というものにはもう懲り懲りだし、そんな視線で人にじろじろと見られるのも慣れてしまったのももう昔の話だ。


 姉弟揃って孤児を保護する為の施設に入れられた時は髪色で差別を受けないかどうかで心配した事もあったけれど、色々と複雑な家族問題を抱えている孤児たちは僕たちの特徴を『』で捉えてくれたので、案外充実した生活を営む事が出来た。


 僕の自慢とする料理の技術も施設の先生が教えてくれたので、その先生と一緒に施設の皆に手作りのお菓子を振る舞ったのも今では懐かしい記憶だし、よくイタリアのお菓子のティラミスとかを作っていた記憶がある。


「まぁ確かにな。周囲の髪の色が違うと色々と面倒なのは同意するよ。とはいえ、だ。銀髪紅目の美少女とか、君はどこのアニメやゲームの住人だ。ここ百合園女学園はそういうのが大好物な淑女共が蠢く魔境だというのに……あぁ、今にも君を慕うであろう女子生徒を想像すると胃が痛くなる」


「あはは、まさかそんな百合小説みたいな事が起こる訳がないじゃないですか」


「そうだな、普通の学園なら起こらないだろうな。だがここは小中高一貫どころか、保育園に幼稚園も利用できるお嬢様学校でね。そういう意味では世間一般の常識から保護されてきた魑魅魍魎が跋扈する異界そのものだとも」


 面白い冗談を仰るのですねお嬢様! 

 ……と、口にしたかったのだが、目の前にいる彼女の目は至って本気――即ち、マジであった。


 どれぐらいマジなのかと言うと、理事長の机の棚から胃腸薬と書かれたラベルの薬瓶を取り出して、数粒の錠剤を取り出して水を飲まずに口の中に流し込むぐらいにはマジであった。


「あの、ここ、お嬢様学校ですよね? 何ですかその説明? その説明だとまるでここがヤバい学校のように思えてならないんですけど? お嬢様の胃が痛い原因がここにいる素敵なお嬢様の所為だと思うと僕も胃が痛くなってくるんですけど?」


「良いことを教えてやろうか、唯。不祥事は金で揉み消す事が出来るんだよ」


 怖いなぁ、お嬢様学校。

 なんで僕はそんな魔境に女装をして乗り込む事になったのだろう。

 

 しかし、それでも私は目の前に座っている彼女に自分は本当に男なのだと再度宣言しようとして――背後の扉からノックされる音が聞こえてきたので止める。


「おっと、客人か。唯、すまないがそこの扉を開けてお通ししてくれ」


 一応、今の僕は女装をした変質者だというのにお嬢様は全くそう言った心配をしていなかった。


 その事から漏れ出るため息を零さないようにしながら、僕は理事長室の扉を開ける。


「フ。御機嫌よう、百合園茉奈さ――」


 扉を開けた先にいたのは、黒髪の美少女だった。


 濡れたからすを思わせるような、朝日を弾く艶があり、蒼黒とした宝石を思わせるような綺麗な長髪。


 陶磁器すらも霞んでしまうような芸術品めいた肌は透き通るように白く美しく、遠目から見ても分かるぐらいの大きな睫毛まつげと物憂げな眼差しに、思わず男性としての本能が呼び起されてしまう。


 モデルのように細身ですらりと伸びた細い手足に、細く整って一切の無駄が無い鼻梁と顔の輪郭線に、汚れも知らないような上品さと初々しさを連想させる桜色の薄い唇。


 色白なことも相まって、いかにもな深窓の令嬢といった雰囲気を併せ持ち、どんな嘘すらも見透かされそうになってしまいそうなほどに深く、夜をそのまま閉じ込めたかのように流麗な瞳。


 外を歩いていれば誰もが思わず二度見してしまうぐらいの美少女が、私と同じ制服の美少女が、理事長室に入ってこようとして、僕はそんな彼女に思わず一目惚れしてしまいそうになった。


「…………」


 対する黒髪の彼女は、まるで信じられないモノでも視たかのように、黒曜石を思わせるような綺麗で静かな瞳で僕をまじまじと見つめてきた。


「あ、あの……? ど、どうかしましたか……?」


「……………………」


 もしかして、僕の女装がバレた?


 そんな起こって欲しくない可能性の1つに現在進行形で遭遇してしまうと思った以上に神経が擦り減ってしまいそうになってしまう。

  

 やっぱり、男が女装して女学園に入学するだなんて無理がある話だったのか……⁉


「…………。貴女。そう、貴女。見ない顔の女子生徒みたいだけどお名前を聞いても宜しいかしら」


「な、名前⁉ え、えっと、僕、あ、違、私は天使唯と申します!」








「結婚しましょう。妊娠してくれませんか、唯お姉様」







「……は?」


「一目惚れした。大好き。見た目がすっごく性癖にストライク。今すぐ妊娠して。そして私の子供を産んで。そしてお姉様の顔面にそっくりな男の子を産んで近親相姦させて3Pするわよ、唯お姉様」


「…………は?」


「は行から始まる返事の言葉の『はい』ね。両思いね、嬉しいわね、当然ね。それでは早速初夜しょやりましょう。本日は絶好の青姦日和よ、唯お姉様」


「………………はぁ⁉」


 へ、へ、へ、変態だ――ッ⁉

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