私の好きな映画たち
加賀倉 創作【書く精】
密室劇の金字塔『十二人の怒れる男』
まずはあらすじを。
舞台は蒸し暑い密室。
境遇の異なる十二人の陪審員が集まるこの部屋は、湿気と汗臭さと気怠さに包まれていて、どこか陰気。
彼らは、とある殺人事件の陪審員をやる羽目になったのだが、賃金も大して出るわけでなく、部屋の空調は壊れているし、後に控える野球観戦ばかりが気になる者もいて、早くこの話し合いを終わらせたい、という空気感が強い。
殺人事件というのは、「とある少年による父親刺殺」である。
検察のあげる証拠の数々と、証言者の言葉によると、誰がどう見ても少年は有罪であるように思えた。
少年を有罪とするか、無罪とするか、十二人による話し合いが始まる。
まず、話すにあたって、陪審員各々の立場を明確にしようと、有罪/無罪の票を、匿名で紙に書いて投票しよう、ということになる。
部屋にいる者のほとんどが、この投票の結果は、自分たちをすぐに家に帰すだろうと予想したことだろうが……
開票。
一人目、有罪
二人目、有罪
三人目、有罪
四人目、有罪
五人目、有罪
六人目、有罪
七人目、有罪
八人目、有罪
九人目、有罪
十人目、有罪
十一人目、有罪
そして、十二人目……
無罪。
多くの者が、その無罪、と書かれた紙に、強い反発、苛立ち、ひいては怒りを覚える。
案の定、馬鹿げた逆張りをするやつは誰なんだ、と、犯人探しが始まる。
そして、一人の男が手を挙げる。
彼はこのようなことを言った。
「話し合いませんか。私には、少年が有罪であるという確信がどうも持てません、だから無罪にしたんです」
陪審員制度には全会一致の原則があるため、当然、この無罪に投票した男の言い分を無視することはできない。
こうして、鬼のように暑苦しい密室の中、十二人の怒れる男による、本気の大議論が始まるのだった……
***
今作は「予算が少なくても、撮影場所が限られていても、良質な設定、良質な脚本、良質な役者がそろえば、映画は傑作になる」ということを体現している、最大の例である。
鑑賞後、もし「つまらない」という感想が出る場合は、十一の有罪に対して一の無罪を投じるのとはまた別な、悪質な逆張りと言わざるを得ない、というくらいには、傑作中の傑作である。
私が初めてこの作品に触れたのは、ペーパーブック、英語版の戯曲であったが、筋書きがあまりに完璧過ぎて、全ページの余白が鉛筆の黒煙で真っ黒に埋め尽くされるほどに、分析や考察(あと単語やスラングの訳)を書き殴りまくったのを覚えている。ボロボロになるまで読み込んだが、今ではそのペーパーブックはどこかに消えてしまった(出てきて欲しい)。
戯曲化しているくらいなので察しはつくかもしれないが、上映時間二時間弱の間、画面に映る九九パーセントは、十二人のかけることのできる大テーブルと椅子だけがある、むさ苦しい密室の景色である。
それで面白くなるのだから、もう、脱帽するための帽子がいくつあっても足りない。
ちなみに今作は、戯曲版と、ドラマ版と、映画版と、バージョンが様々にあるのだが、手っ取り楽しむにはやはり映画版が良いだろう。名優ヘンリー・フォンダの演技も見れるので(ちなみに彼が逆張り無罪陪審員役である)。
半世紀以上昔の白黒映画であるが、たとえ古い映画にハウスダスト的アレルギー反応を起こしてしまうような人でも、楽しめるはずの不朽の名作なので、ぜひご鑑賞いただきたい。
最後に、この映画から私が読み取ったことを何点か。
・自己の利益とバイアスは容易に結びつく。
・刑事事件における推定無罪の重要性。
・検察というのはとにかく人を悪者にしたい。
・逆張りは大切。
映画というのは、娯楽ではあるが、学びの場でもある。だからこそ、やめられないのだ。
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