迷宮の妖精に英雄は眩しすぎる

雪村灯里

第1話 冒険者

「見つけた。迷宮妖精ラビリンスフェアリー


 私はカノン(偽名)。今、推し英雄・ノクトに文字通り捕まっている。ちなみに私は人間だ、妖精ではない。私を抱き締める彼の顔を見ると、ブラウンの前髪の隙間から見える青い瞳は、熱を帯びていた。何故こんな事になってしまったのか? 私も知りたい。なので少し時をさかのぼる―――


 ◆


「リーナさん、登録情報の変更をお願いします」


 ギルドの受付嬢リーナさんは長いオリーブ色の髪を耳に掛け、眼鏡越しの涼しげな目で私を下から上へと観察する。


「あら? またイメチェンしたんですか? 銀髪碧眼……前のピンク髪も良かったですが銀髪セミロングも似合いますね。ファッションもファンシー系から正統派魔術師ですか」


「ありがとうございます。そうなんです原点回帰というか――って、それより例の手続きをお願いしたいのですが」


「はいはい。いつものギルドネームの変更」


「そうです! お願いします!!」


 ギルドネームは冒険者としての名前だ。本名を名乗るのが一般的だが、本名を明かしたくない人はペンネームよろしくギルドネームを設定する。


「3か月前に変えたばかりじゃないですか……今年2回目ですよ? トラブル? 色恋沙汰? それとも悪い事しちゃいました??」


 彼女は好奇心に目を輝かせながら、こっそり尋ねてきた。


「いえ、その……気分転換というか……心機一転頑張りたいといいますか」


「『心機一転』……と。書類にはそう書いておきますね。でも勿体もったいない、結構な強さなのに。名をとどろかせないと、いいクエスト貰えませんよ?」


 轟かせたくないのだ。静かに、ひっそりと冒険できればいい。


「私ごとき、A級B級のクエストで十分なんです。この通り食べて行けますし。S級はこのギルドの最強クラスの方々にお任せします」


「まぁ、控えめですね。そう言うなら止めませんけど。で、新しい名前は?」


「“カノン”でお願いします」


「ギルドネーム・カノンさん、21歳ですね。あ! あれもいつも通りですよね?」


「はい、私の過去の名前と本名はトップシークレットでお願いします」


「はいはい、大丈夫ですよ。じゃあカノンさん。これからも宜しくお願いします。何かクエスト受注していきます?」


「ええ、剣士ノクトさんが受けてるクエストの近くがいいんですが……」


 ノクトさんはこのギルドに所属する最強クラスの男性冒険者の一人だ。その優しく熱い人格と、成し遂げた偉業から英雄と呼ばれ、街やギルドで彼の人気は高い。私が敬愛する冒険者でもある。


「そう言うと思って取っておきましたよ。B級クエストですがいいですか? 安いですよ?」


「ふぁぁぁ! リーナさんありがとうございます! つつしんでお受けします!」


「このクエスト人気が無くて困っていたので助かります。あっ、これはささやかですが、おまけのポーション類です。良かったら使ってください」


 リーナさんは机の引き出しを重そうに開けると、中からカラフルな小瓶を取り出した。体力回復のポーションに、毒消しの薬草、万能と名高い薬まである。


「こんなに沢山もらって良いんですか?」


「いいんです。協会員の皆さんがくれるんですよ。私は冒険に出ませんので宝の持ち腐れです。それにカノンさんはみんな受けない案件を受けてくれるので特別です」


 彼女は大きな布袋にガチャガチャと品物を詰めて私に差し出した。ギルド所属の冒険者の皆さん、気前がいい。


「では、お言葉に甘えて」


「これは独り言なんですが……ノクトさんは明日臨時パーティを組んで、S級火蜥蜴サラマンダーの群れの討伐です。明日ダンジョンはクエスト受注者以外立ち入り禁止なので巻き込まれない様に気を付けてくださいね」


「わかりました! 行ってきます」


 私は袋を抱えて自宅に帰り冒険の準備をした。防火の装備を身に付け、銀髪を隠すようにローブのフードを目深に被る。新調した大きな杖を持ってぐっと気合を入れた。

 目指すはギルドが管理するダンジョン・モルデントへ。

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