昭和母子物語

気まぐれなリス

私が幼い頃、大体四歳というところでしょうか

父は第二次世界大戦の徴兵により帰らぬ人となりました

なので私は父の顔すら覚えていません

しかし母は毎日父の話をしました

どんくさい人でしょっちゅう怪我をしていたこと

だけど優しくて母が私を妊娠していた時はよく二人の時間を作っていたこと

その時間が戦争中で最も落ち着けたこと

そんな父が戦争に行くときは格好つけていたのか、辛くなるからか

髪を切りに行くといい、そのままいなくなってしまったこと

父の代わりに帰ってきたのはそこら辺に落ちていそうな石ころだったこと

本当に好きだったと毎日のように泣く母は目も当てられませんでした

そんな話を空襲中も、終戦してからも毎日聞きました

そうして私が六歳の頃

母は突然いなくなりました

どうやら再婚相手と消えたそうです

それからは母方の祖母、中川なかがわ 幸子さちこと共に暮らしています

私の名前は中川なかがわ 翔太しょうた

今は会社員をしています


「ばぁちゃん今日遅いから飯いらん」

「おぉそうか、気をつけてな」

いつもと変わらない会話をする

生まれてからずっと一緒にいるが距離は変わらない

お互いに失ったものが多すぎたのだ

親しくなって、また失うのが怖いのだろう

もうそんなことは殆ど起こらないとはいえ心の奥底では恐れているのだ

つくづく戦争とは恐ろしい

起こっているときも終わった後も人の心を傷つける

そんな人との出会いを恐れている私にも彼女ができた

藍田あいだ 葉子ようこ、一年年上だ

彼女とは大学時代からの付き合いである

仕事が安定したら結婚する予定だった

葉子にも了承は得ている

そうしてお互い生活が安定してきたので式を行うことになったのだ

ただ気がかりなのは婚約式の時である

葉子の親族が私には祖母しかいない

仲人を立てることができないのではないかと内心焦っていたのだ

葉子に立ててもらうこともできるにはできるが私はプライドからその選択ができずにいた

一応私には当てがあった

それが母である

私が大学に行くと決まった時、母からたった一通の手紙が届いた

「応援しています」とだけ書かれたものが

手紙に書かれた住所に手紙を書いたこともあったが返事は来なかった

おそらく私は母に邪魔だと思われているのだろう

それでも私の親族であるのは変わらない

だから母から親戚を紹介してもらおうという考えだ

そして祖母は母の居場所を知っている

祖母が母に連絡しなければ私が大学に行ったと知るわけがないからである

明日は休みだ

この機に祖母に聞くことにしたのである


「ばぁちゃん、ちょっといいか?」

「あぁなんだ」

善は急げということで朝食の時に問いただした

「俺、結婚するんだ」

「葉子さんとかい

わしはええと思うぞ、あの子はええ子じゃ」

「それで式の時の仲人さんの相談なんだが」

「…待て、式だぁ?そんな金は家にはないぞ」

「俺が貯めてある、気にしなくていい」

「本気なんだな、お前も成長したな

それでなんだっけ、仲人さんか

わしらからは出せんぞ、親族は皆戦争でいなくなってしもうた」

「母はどうか?」

「…だめだ」

「どうしてもか」

「ダメなもんはダメだ

…手紙を書いてもらう、それでええな?」

こうなってしまった祖母は何が何でも動かない

祖母の頑固さは一緒に住んでよく知っている

「わかった

仲人さんは葉子に手配を頼むよ」

「まぁまて

仲人さんくらいは探しておいてやる

てめえのプライドもあるだろうが」

「ありがとう、ばぁちゃん」

少し残念ではあるが手紙はもらえるというので素直にうれしい

仲人さんが決まったら式場の予約と流れの話し合い

葉子にも要望があるとのことだったのでそこも相談

まだやることは多いが人生に一度の儀式だ

どうせなら素晴らしいものにしたい


そうして一週間がたった

「そうだ翔太、前言っていた仲人さんだけど見つかったよ」

「本当か!ばぁちゃん、ありがとう」

「それで今日家に来るそうだ」

「ちょっと⁉流石に早すぎるって」

「善は急げさ、それに今日は挨拶だけだそうだ

そんなに気構える必要はない」

とはいっても一大行事を任せる人だ

粗相がないようにしないと

「ちなみにどんな人なんだ」

「一応わしらの親戚じゃ

と言ってもわしも生きていることを知ったのは最近じゃが」

そう話していると足音がする

来たか、とても緊張する

ノックの音が鳴り声が響く

「翔太さんいる?」

その声は葉子だった

「葉子!何の用だい?」

「今日、仲人さんが来るのでしょう?

おばあ様から聞いたの」

「ばぁちゃん、葉子に言っていたのかい」

「だから言っただろう、挨拶だって

新郎だけにあいさつする仲人さんがいるもんかい」

確かにそれもそう

にしても意地の悪い言い方をするものだ

「ごめんください」

そんな話をしていたら本当の仲人さんが来てしまった

「はい、お待ちください」

そういい、葉子が開ける

そしてそこには四十代くらいの女性がいた

「やあ久しぶりだね」

「ええ、久しぶりね」

祖母をお母さんと呼んだ?

つまり

「…母さん?」

「翔太さん、初めまして

私はあなたの母の妹、愛子あいこと申します

姉さんでなくてすみませんね」

「あ、いや、こちらこそすみません

失礼でしたよね」

「いえいえ

…姉さんのことはどれくらい覚えているのですか?」

「それが殆ど覚えてなくてですね

ですが父の話をしてくれたのはよく覚えていますね」

「そうなのですね

姉さんに会ったらそのこと伝えておきますね」

「母さんと会っているんですか⁉」

「ええ、たまにですが」

「じゃあ母さんを式に呼ぶことは…」

「すみません、それはできません」

「そうですか…」

おそらくというか確実に再婚後の生活に俺が邪魔なのだろう

新しい家族がいるのに昔の家族が連絡してくる

そんな俺が嫌いなのだろう

そう考えると少し辛い

結局その日は軽い挨拶をして愛子さんは帰ってしまった

俺は母の話を聞きたい反面、母の本音を聞いてしまうようで怖かったから話せなかった


それから愛子さんと式の場所や流れを葉子と一緒に話し合いながら着々と準備は行われた

その間、俺は愛子さんと距離を置いてしまった

そんなある日の夜だった

「翔太、愛子が今日から泊まることになる」

「なんで?」

「大詰めだからな、帰る暇も惜しいのだろうよ」

「そうか」

「だからよ、これを機にてめぇの母親の話でもしたらどうよ」

「ばぁちゃん…

正直怖いんだ、嫌われてるかもと思うと」

「…ぷッ、はっはっは」

「何笑ってるんだよ」

「そんなことを心配していたのかい

大丈夫さ、アイツは自分の子供を嫌うような人間じゃないさ

…それにな嫌われるにしても、わしの方じゃよ」

「え?」

「わしから言うのは少し違う気がするな

そこは愛子から聞くといいさ

わしがアイツに何したのか

そして何故お前を置いて再婚相手のところに行ったのか」

気になる

母が俺を嫌っていないのか、祖母は母に何をしたのか、何故俺はおいて行かれたのか

嫌われている恐怖より、おいて行かれた原因が祖母にあるのか今は気になる

「愛子は客間じゃよ

話をするなら今しかないぞ」

「!ありがとう、ばぁちゃん」

「ありがとうとはね

わしのこと恨んでないのかい

あいつがお前を置いて行ったのはわしのせいじゃぞ」

「それでも、それでもばぁちゃんが育ててくれたのは変わらないし」

「…そうか、早く行け、ほら」

客間に急ぐ

そこには編み物をする愛子さんがいた

「今少しいいですか」

「ええ、いいですよ

子供の着物を縫っていたんです」

「母は俺のことどう思っているのでしょうか

…正直この質問が怖くて少し避けていました」

「距離を置かれていたのは知っていました

姉さんはあなたのこと大好きですよ」

「!本当ですか」

「ええ、私に直接仲人さんを依頼しに来るくらいには」

よかった

俺は母から嫌われているわけではなかった

そうしてもう一つ気になることを聞く

「ばぁちゃんは母に何かしたのですか

ばぁちゃんが何かして母は俺を置いて再婚相手のところに行ったと聞きました

教えてください」

「そう、お母さんから聞いたのね

悪いのはお母さんでないのよ

戦争、もっというと社会よ」

「それはどういう…」

「戦争が終わった後、男手がみんな死んでしまっていて、働けるのがお母さんしかいなかったの

姉さんは子育てで精一杯だったから

だからお金が本当になかったの

そんな時よ

良家から姉さんへの求婚があったのは

姉さんはお母さんと自分の子を少しでも楽にするために良家と再婚することを選んだわ」

俺は知らなかった

知らなかったとはいえ、こんなにも自分を愛してくれていた人を疑っていたと考えると涙が出てくる

「ありがとうございます

母のことをよく知れてよかったです」

「いいのよ

姉さんも式の成功を祈っているわ」

「はい!」

そのあとは皆で楽しく晩飯を食べれた

愛子さんとも仲良くなれたような気がし嬉しかった

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