第7話 船とネックレス
タキがやっと浅い眠りに着き、それから数時間も立たないと思ううちに、早速起こされて、何事かと思って部屋を出ていくと、ヨクさんが来ていた。
こんなことは初めてだ。部屋には、シュウとジュリもいる。みんなテーブルを囲んで椅子に座っている。シュウが出したお茶がテーブルに並んでいる。
タキが部屋に入ってくるや否や、ヨクさんは、椅子から立ち上がって、言った。
「ごめん」
こんなふうに謝られると、かえってどうしていいかわからなくなる。
「そんな、私も悪かったんですし——」
タキは、慌てて何故か敬語になった。
「もし本気で帰るとなれば、一番近いチャンスは明後日だ。俺の読み通りなら、明後日、昊はこの砂漠に接近する」
そう言われて初めて、タキはヨクさんが本気で謝りに来たのだと思った。そして、タキ達が帰る協力をしてくれるつもりだ——。
「何で?何で協力してくれるの?」
とタキが言ったら、
「改心したから」
とクソ真面目な調子でヨクさんが言った。その様子が何故か面白かったらしく、ジュリは笑いをこらえて震えていた。
「とっくに許してるよなぁ、タキ」
とシュウが呑気に言って、
「そうそう」
とジュリも歌うように言った。
「じゃ、本題に入ろうか」
とシュウが手を叩いてそう言ったので、本当にこの場はひとまず本題に入ることになった。
まず、ヨクさん曰く、昊がこの砂漠に接近する日は一見不規則に見えるけれど実は規則性があるらしい。その規則によると次昊が来るのが明後日で、今から準備すれば間に合うとのこと。
「でも、どうやって昊まで行くの?」
とタキが言ったら、ヨクさんが
「ついて来て」
と言った。
そういえば、今何時?狩りの時間は——そう思って窓の外を見ると、日差しの具合はもう昼といっても良かった。今日は相当寝過ごしたらしい。
「今日のタキの仕事、休みにしてって連絡入れておいたから、安心して行って来いよ」
とシュウが言った。感謝‼︎シュウ‼︎全く、シュウには感謝してもしきれないなぁ……。
ヨクさんが連れて来たのは、「ドック」だった。タキは滅多に入らない。中に入ると、奥で何かが大きな布で隠されている。今まで、この布の中身を見たことがない。
「でも、『ドック』に空飛べるような乗り物はないんじゃ……。せいぜい小型バイクぐらいしか……」
とタキが言ったところ、
「ジャジャーン」
と「ドック」のメカニックたちが声を揃えて、布を引っ張った。すると。
「操縦席です!」
布の中から現れたのは、タキが見たこともないような、精巧な機械の並んだ、座席?まぁとにかく操縦席としか言いようのないものだった。
「この砂漠の人たち、ほとんど気づいてないんだけどさぁ、この『ドック』って、それ自体が一つの飛行艇なんだよな。これも貴族の遺産の一つってわけで」
と他人事のようにヨクさんが呟いている。は?何それ?
「だから、メンテナンスして動かせるようにしてもらった。ずいぶん時間かかったみたいだけど」
とヨクさん。タキは、声がまともに出ない。出ないながらも、
「いつから用意して——?」
と聞くと、
「ずっと昔っすよ、タキさん。今から四年前だから……、ちょうどタキさんが来てちょっとしたあたりかな。ヨクのやつが、わからないところはやり方教えるから、メンテナンスしろって」
「いやー、俺たち本当はタキさんに言いたくてずっとうずうずしてたんすけど、ヨクのやつが秘密にしとけってうるさくて。さぷらいず、とか言ってましたけど——」
とメカニック達が騒ぐ。ヨクさんは、
「ちげーよ、メカだけあってもタイミング合わなくて帰れなかったらガッカリするから、言うなって言っただけで——」
と言った。
「なるほど、さぷらいずか。やるじゃないか、ヨクさん」
とジュリ。
「さぷらいずって何?」
とタキが言うと、気のせいか、ヨクさんの顔がどんどん赤くなっていった。
「そうそう、それ、どういう意味っすか?俺たち、来訪者じゃないから意味わかんなくて——」
「さぷらいずというのはね……」
とジュリが言うと、
「うるせーよ、ジュリ、調子に乗んなよ」
と語気を強めてヨクさんが言う。
「で、何なの?それって結局」
とタキが言うと、ジュリは言った。
「良質な悪戯……かな」
ドック内に大きな笑いが起こった。ただ一人、顔を赤くしてジュリを小突く者がいたが。ヨクさんって嘘つきすぎてていい人なのか悪い人なのかわからない——とタキは思った。
ドック内の笑いがおさまった頃、「ドック」に入ってくる者達がいた。ユナ婆と、彼女の歩みを支えるお付きの者達だった。
「お前達、本気で昊に行くみたいじゃな。であれば、これを持って行け」
そう言って、ユナ婆がタキに差し出したのは、何やらネックレスのようなものだった。細い鎖に、長方形の飾りがついている。よく見ると、ジュリの描いたメモの扉と同じ模様が飾りに彫られている。これは……。
「ユナ婆、これって……」
「それがあれば、昊でも宮殿へ入るのに役立つじゃろう」
メカニックの者の一人が、まじまじとそれを見つめ、
「これって貴族の証の首飾りじゃん‼︎宮殿に入る許可証‼︎てことは、ユナ婆、あんた、本当に貴族の末裔だったんだ‼︎」
と言うと、
「当たり前じゃろう、誰がそんなつまらん嘘をつくかね」
とユナ婆は言った。メカニックの人々はすげぇ、すげぇ、と驚いて騒いでいた。
一方、タキとジュリとヨクさんは、静かに顔を見合わせていた。これだけ揃えば、本当に帰れるんじゃ……?という顔ぶりで。ヨクさんも、許可証までは予想外だったらしい。
タキは、黙ってユナ婆の方に近づくと、ユナ婆を抱きしめた。
「ユナ婆ありがとう。こんな大事なものまで……」
「何、そんなものあっても宝の持ち腐れというやつじゃ。孫でも居れば譲ろうと思っとったところじゃ。タキ、お前はわしの孫のようなもんじゃ。お前になら、なんの心の苦もなくこれを渡せる——」
タキが、いよいよきつくユナ婆を抱きしめたので、ユナ婆が窒息しないよう、お付きの者達がタキを引き剥がすのに必死になった。
「じゃあ、行ってくる」
その日はあっという間にやってきて、タキ達の周りには人だかりができていた。そりゃそうか。「ドック」一つ丸ごと持っていく一大事に、人々が騒がないはずがないか。本当は砂漠の皆には秘密で行こうと思っていたのに、噂はどんどん広まったらしく、皆外に出てきて軽い宴会みたいになっている。ことあるごとに、人々が近寄ってきては、さぷらいずです、と言って贈り物をするので、ヨクさんは大分いらついて見えた。
「寂しくなるなぁ」
そう言って最後にタキに近寄って来たのは、シュウだった。
「本当に帰れるかまだわからない。またここに戻ってきたりしてね」
とタキが言うと、
「そう願っちゃうよ」
とシュウが言った。
「元気でな」
「そっちこそ」
タキはそう言って飛行艇に乗り込んだ。これ以上話していたら、絶対泣く。砂漠を離れる上で、一番辛かったことは、シュウと離れることだった。あんなにいい人にはこの先なかなか出会えないだろう。
「じゃあ、行ってくる」
そっけないその一言を置いて、タキ達は、その砂漠を離れた。その際、飛行艇が風圧で砂を巻き上げるので、人々は目を覆うのに必死で、砂埃が落ち着いて目を開いた時には、飛行艇は空に浮かぶ小さな点になっていたという。
「お前、一体何の勉強してきたんだよ」
「フツウカのコウコウニネンじゃ、飛行艇の操縦なんて教わらないんだよ」
「だとしても、昨日教えただろ、相変わらず、頭悪いな」
「うるさい」
飛行艇の中には、まるで夫婦喧嘩みたいなやりとりが繰り広げられている。ヨクさんと喧嘩できるなんて、ジュリは相当前の世界でヨクさんと仲がよかったんだなー。あ、私もヨクさんと喧嘩したのか、とタキが思っていたら、だんだん二人の声量が大きくなっていって、タキは耐えられそうになくなったので、
「お二人とも仲が良くて何よりですねー。両想いだったんですか?」
と大きい声で言ってみた。
「は?」
とジュリ。
「仲良くねーし」
とヨクさん。
「てっきり、そういう関係なのかと思いましたよ」
とタキが言うと、
「ちげーよ」
とヨクさん、
「ない。それはない」
とジュリが続けた。
「じゃあ二人は何?友達ってこと?」
とタキが聞くと、
「友達かぁ……、なんか違うんだよなぁ……」
とヨクさんが言った。その後、ジュリとヨクさんははっと何かを思いついたような顔をして、
「仲間」
と同時に言った。途端、タキを含めて三人とも、笑い出した。
「仲間って……一体どこのマンガの話だよ」
とヨクさん。
「マンガって何?」
とタキが笑いながら聞くと、
「タキも仲間だ‼︎」
とジュリがやけに浮かれ気味になって言い出して、そんな調子でタキ達は大分危うい操縦で、昊にたどり着いたのだった。
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