第2話 数ヶ月前
「タツヤ! 君さ、VTuberになってみない?」
――キツいバイトを終え、ようやく日課のゲームにログイン出来た俺はどうやら完全に油断しきっていたらしい。
親友の発した、あまりにも唐突過ぎる話題に俺は完全にフリーズ状態になってしまっていた。しかしそんな俺の様子など一切お構いなしに、
「あ、別に怪しい話じゃないよ? ボクの友達がVTuberの会社を立ち上げたんだけどさー、彼女がピンと来るような良い人材がまだいないらしくって!」
俺は口を開き何かを言おうとして……どこから突っ込めば良いのかよく分からないので、とりあえず再び黙ることにした。
俺達は世界樹の麓にある、人気の少ない広場に立っていた。
いつもより上機嫌なのか、『ジオード』という名前の俺の親友は一番お気に入りの紫のローブをヒラヒラと風になびかせながら、どこか機械的な響きのある独特の声色で言う。
「それでさ~ボク思ったんだよね、タツヤなら彼女の欲しい魂のイメージそのまんまじゃないかって!」
「お前の友達って死神なの?」
魂欲しがる女とかクソ怖いんだが。
ジオードは一瞬ポカンとして、すぐに大笑いし始める。
「あはははは! ……はぁ、そこから説明しないとダメだったか。タツヤが相手なのにうっかりしてたよ」
「どういう意味だよ」
「別にー? ……ねえ、一応聞くけどさ、そもそもVTuberってなんのことか分かる?」
人を年寄り扱いするんじゃない。それくらい当然知ってるわ。
「
「へー! タツヤの妹ちゃん、
「空リス?」
フフンと得意げな様子で、ジオードは語り始める。なんとなくゲーム内のキャラも胸を張っているように見えるから不思議だ。
「『ソラリスV』っていう箱……VTuber事務所の視聴者のことだよ。ソラリスVの
「なんか紛らわしいな」
というかほぼ一緒じゃねえか。
「まあコメントとか掲示板での呼び名だから。――ソラリスVはね、今一番勢いがある所なんだよ。元々はVの付かない『ソラリス』っていうeスポーツチームだったんだけど、大きい会社がスポンサーになって、VTuberの世界にも進出するようになって一気に人気に火が付いたんだ!」
……eスポーツってなんだっけ? 後で
「で、話を戻すけど魂っていうのはね、VTuberを演じる『中の人』のことだよ。定番の例え方だと、その魂専用の着ぐるみがVTuberって感じかな?」
「あーそういうことか。でも、どのみち俺には無理そうだな」
「――え? なんで?」
なぜか酷く動揺した様子で、ジオードは俺に訊ねる。
いや、だって俺は。
「VTuberって多分パソコンとか使うんだろ?
「ああー、なるほどね……タツヤって妹ちゃんのゲーム機をそのまま使ってるんだった――」
そうなんだよな。
もう1年前だったか。操作の仕方が理解できず、同じマップをグルグルと狂ったように徘徊していた俺に、コイツが声を掛けてきたのは。それ以来ほとんど毎日顔を合わせる間柄で、もはやお互い相棒のような存在になってしまっている。世間知らずの俺なんかよりもずっと色々な事を知っていて、頼れる男だ。まあ、時折妙に女っぽい事を言い出す変な奴でもあるんだが。
「でも、それなら大丈夫! ウチの事務所なら必要な機材も全部貸してくれるし、使い方だって全面的にサポートしてくれるから。それに、このゲームでここまで来れたタツヤならパソコンなんか慣れれば簡単だって!」
「うーん、でもなあ」
「危ないバイトで妹ちゃんに心配かけてるって、この前言ってたじゃないか。副業だって問題ないし、ダメ元で話だけでも聞いてみてよ! っていうかもう話通しておくから!」
なんでこんなに必死なんだ? コイツ。逆に怪しくなるだろ。
しかし、
「仕方ない。お前の言う通り話だけでも聞いてみるか。ええっと、そのソラリスって会社に連絡すればいいんだよな?」
「ホント!? いや違う! ボクの友達がやってるのは、全然違う事務所だよ!」
え、そうなのか。話の流れで完全に勘違いしていた。危うく恥をかくところだったわ。
「その事務所、なんていう名前なんだ?」
ジオードは、俺からは見えない満面の笑みで答えた。
「新進気鋭のVTuber事務所、『れいどらいぶ』だよ!」
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