嫌われ新人VTuber、最強キャラ設定でダンジョンに殴り込む ~バーチャルの世界ではオワコンらしいので現実世界で無双します~

鈴代はつか

第1話 九頭龍牙 がライブ配信開始

〔お?〕

〔なんか来た〕


 何の前触れもなく配信が始まる。


 それはタイトルも、概要欄も無い謎の配信だ。事前に告知もされていないため、このチャンネルを通知設定していなければすぐには気付くことのできない突然の配信だった。

 しかしチャンネル主が現在絶賛炎上中であり、「コイツは次に一体何をしでかすのか?」というお祭り状態で注目が集まっていたため、徐々に視聴者数が増え始める。


〔キター!〕

〔お気持ち配信ですか?〕

〔さっさと引退しろクズ〕

〔ワクワク〕

〔モラル低すぎ〕

〔3期生の面汚し〕

〔やった!見れた〕


 流れるコメントも雑多の一言で、チャンネルの主、VTuber『九頭くず 龍牙りゅうが』を誹謗中傷するものや純粋に応援するものなど実に様々だ。

 そんな中、ピントが合っていなかったのか配信開始からずっとぼやけていた画面が少しずつ鮮明になっていく。


〔え?なにこれ〕

〔龍牙くん!〕


――それはまるで映画のクライマックスのような壮絶な光景だった。


 画面の中央、視聴者の目線で数メートル前方にはチャンネル主である九頭くず 龍牙りゅうががこちらにを向けて立っており、そのもっと奥には、生ゴミを寄せ集めたような、ドロドロとした汚物の塊のような、醜悪な姿を持つ巨大なドラゴンがゆっくりと口を開きながら今にも彼に襲い掛からんとしていた。


〔はああああ??〕

〔すっご〕

〔引退はよ〕

〔何かのPV?〕

〔生成AIにしては綺麗だな〕

〔逃げて!〕


 画面の中のあまりにも現実離れした光景に、一気にコメントが流れて行く。


 視聴者の多くは突然の急展開にただ面食らっていたが、リアル過ぎるが故に「これは手の込んだ映像作品だろう」と指摘するコメントが現れ始めると視聴者達の混乱は急速に収まっていった。それと共に、チャンネル主、九頭くず 龍牙りゅうがへの悪意ある声が再燃する。


〔いや、こんな奴に金かけ過ぎでしょ〕

〔おもんな〕

〔石投げてないで逃げろよ〕

〔龍牙くん頑張って~〕

〔一人だけリアルPVとかw〕

〔引退いつ?〕


 実際の所は、画面の中の映像を固唾を呑んで見守っている視聴者が大半だった。しかし、そのせいでアンチコメントばかりが目立つ異様な配信になってしまっている。

 画面内では、不気味なドラゴンが頭を振り回しながら龍牙りゅうがに噛み付こうと暴れていた。それに対して、龍牙りゅうがは必死に攻撃を躱しつつも、何かを庇っている様子でしきりに後ろを気にしている。


〔女の子いるじゃん〕

〔!〕

〔あ、猫耳だ〕

〔死なないで龍牙くん;;〕

〔子供が倒れてるね〕

〔寒すぎわろた〕


 激しい画面内の動きに反してスピーカーから流れる音は無く、完全なる無音。

 視点が固定されているせいか時折逃げる龍牙りゅうがが見切れてしまうなど、違和感のある状況が事件現場の監視カメラを覗いているような、どこか奇妙な緊張感を生んでいた。


〔結局なんなのよこれ〕

〔同期の音成おとなりに鳩飛んでるぞ〕

〔0度民w〕

〔本気で驚いてるっぽい?〕

〔おいニュース見ろ!有明がやばいって!〕


 徐々に視聴者が「何か変だぞ」と感じ始めていた矢先、こんなコメントが書き込まれる。


有明ありあけダンジョンで緊急事態発令〕


〔え?マジ?〕

〔ちょっと待って、ここダンジョンだ……〕

〔は?〕

〔そうだ有明!〕

〔有明だ〕

〔引退どういうこと〕

〔これって〕


 その報告から、配信のコメントは一気に騒然となっていた。


 自分とは関係のない、画面の中の出来事であると思い込んでいた光景が、急に生々しさを伴っていく。

 誰もが忘れることのできないあの『災害』の記憶が、トラウマが、濁流のように人々に押し寄せる。


〔もしかして現実?〕


 ――

 

 それまでが嘘だったかのように、ぱったりとコメントが流れなくなった。


 画面の中では、ドラゴンの攻撃を避けきれず片腕を血塗れにした龍牙りゅうがが、地面に跪き吼えるように何事かを叫んでいた。滴り落ちる赤い血が、これがフィクションではないのだということを何よりも強く証明しているかのようだった。




〔負けるな〕




 静寂の中、その言葉を皮切りに再びコメント欄が動き始める。


〔負けないで〕

〔死ぬな〕

〔頼む勝ってくれ〕

〔立てよ〕


 龍牙りゅうがを励まし、応援する言葉が滝のように流れていく。それと同時に、龍牙りゅうがの右腕が赤く眩い輝きを放ち始める。

 彼は立ち上がり、巨大なドラゴンに向けて駆け出した。


 配信に書き込まれるコメントは増え続け、いつの間にか目で追うことすら困難なほどの恐ろしい速さになっていた。


〔いっけー!〕


 その赤い拳のことは、誰もが知っていた。

 彼のデビューが発表されてから今に至るまで散々ネタにされ、嘲笑され続けて来た【最強】の必殺技。


〔〔〔ファイナル・フレア・フィストぉおおおお!〕〕〕




 ドラゴンの胴体から首元にかけてパックリと大穴が空き、そのまま全身が弾け飛ぶのと同時に。

 

 プツリと音を立てることもなく、静かに配信が終了した。

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