約束

のあ

約束

 今日は大学受験の合格発表日で合格報告が終わって教室にいる。日も少し落ちてきてこれまでのことを思い起こすにはちょうどいい時間だ。学校の方では当然受験番号も知ってるし合否は確認しているが、特別な事情がなければ合格者は直接報告に行くのがこの学校の伝統だ。合格の自信はあった。成績は学年でもかなり上だったし色々と選べた中で自分のやりたいことができる大学を選んだら気を抜かなければ合格できるレベルで、当然模試ではA判定だった。

 合格の報告以外にすることは特にないのでいつ来ていつ帰ってもいいが、俺は合格発表後すぐ来てずっと教室で過ごしている。昨日になりラインで一言『明日学校でね』と半ば一方的に約束してきた相手がいるからだ。そいつはいわゆる常にクラスの中心にいる女子で、明るくいつもみんなから頼りにされていた。生徒会にも所属し、イベントごとも積極的だった。もちろんラインではわざわざ学校で会うほどのことでもないだろとは返したがその文章には既読がついていない。誰かと話すことの多い彼女なら通知もついているだろう。それにこんなに長い期間(といっても1日だが)既読がつかなかったのは初めてだ。それに時間も指定してこなかったのは珍しい。だから発表後から教室で待っている。

 教室で待っているのもそんなに悪くなかった。合格した同級生が教室に来て一緒に喜んだり祝うことができた。俺の成績はもちろんみんな知っているからそんなに驚かれることもなく、社交辞令的なおめでとうの後にこれからの話をすることが中心だった。その中には当然同じ大学に進む人も何人かいて、その人たちには「あいつはどうだったの?」と聞かれた。あいつとは俺のことを待たせている彼女のことで同じ大学を受験していた。どうやらみんな結果を知らないようで不安に思っているようだ。今日学校で、と言われたからいるけどと伝えると俺に来たら教えてくれと言って帰っていった。

 結局その彼女はこんな時間になっても来ていない。廊下側の壁際の席から外を眺めながら今日会わなかった人のことを考えてしまう。学校にはそれなりに遅くまでいていいと聞かされているのでもう少し待ちたいと思う。とは考えるが、この時間より遅く来るなんてことあるかとも思ってしまう。そんな葛藤をしていると教室に入ってくる人がいた。その方向を見ると入ってきたのは俺を待たせていた彼女だった。彼女の姿を見て立ち上がりながら遅いと言った。ただその声は聞こえていないようで何も言わずに近づいてきてそのまま倒れかかってきた。予想もしていなかった行動に支えるので精一杯だった。その状態で息を整えた彼女は俺から離れてすぐ後ろの席に座った。何も言わずに座るのでこちらも無言で座る。脳内は今日イチうるさい。

「受かったよ」「受かってないと来ないからわかってる」「私ね、番号見てきたんだ」そう言って体を乗り出しながらスマホを取り出し受験番号を指差す写真を見せてきた。「それ俺の受験番号じゃない?」「だってどうせ合格だと思って適当にしか見てないと思ったから私が代わりにしっかり見てきたよ」「それはどうも」どうして俺の番号を知っているのかは一旦聞かないでおこう。「それでさっきのは、何?」「気づいてて返信しなくてごめんね」「それは心配したけどさ」「あれ以上何も言わなくても待っててくれるって思ってたよ」「でも流石に遅すぎだよ」「待ってて欲しかった、じゃダメ?」「そういうこと言うタイプだっけ?」「今日くらいいいじゃん」

 こっちの質問には答えないしいつもの様子ではない。他に誰かがいたら相当驚くだろう。それに気がついたら机に座っている。そのせいで少し見上げる形になっている。

「お前の結果聞かれて困ってたからちゃんと連絡しなよ」「どうせみんなでしょ?一緒に報告手伝ってよ」「そういうのは本人が言うべきじゃない?」「もう今さら誰が言ったって同じだよ」「それなら誰かにも伝えてもらえばいいじゃん」「まだ誰にも報告してないから無理」「この時間まで黙ってたの?」「うん」当然のような顔をしている。

「ってかさ、ここまでして何も思わないの?」「いや、まあ…」何も思わない訳がない。これまでは受験のことを最優先にするようにして考えないようにしていたことだった。彼女は夏くらいに突然『どの大学受けるの?』なんて聞いてきて以降、同じ大学を受験することが判明し勉強を教えてほしいということで一緒に勉強するようになっていた。一緒に勉強する相手に困らないであろう彼女が毎日のように一緒に勉強しようと言ってきたのだから当然思うことはある。そもそも学力的には少し苦労するレベルだったはず。最初の模試では『人に見せられる結果じゃない』って言って頑なに教えてくれなかった。頑張ってきた姿も近くで見てきた。それに今日の行動を考えればなおさらだ。思うことも聞きたいことも山程ある。

「合格おめでとう」

 今すぐ聞くには時間が足りないくらいだ。だから明日からでも少しずつ聞いていこうと思う。

「これからもよろしく」

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約束 のあ @noaddr

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