異世界帰りの元救世主は平穏に暮らしたい。が、嫁を自称する仲間たちが凸してきたので全部終了!!

久住ヒロ

第1話  英雄タロー、最後の刻。

 俺、タロー・ガーランドは転生者である。

 日本で生まれ育った一般人だが、トラックにはねられて死亡。

 剣と魔法の異世界メルディアに転生し、なんの因果か魔王討伐の使命を背負ってしまった。

 それでも仲間たちと出会い、幾多の冒険を乗り越えた俺はついに魔王と対峙し――


 今、最期の刻を迎えようとしている。


 ◇◆◇

 

「タローさん、死なないでっ!」

「しっかりしなさいよ、タロー!」

「ウチらを置いていくな、タロっち!」


 頭がぼーっとする。仲間たちの声がひどく遠くに聞こえた。

 うちの盾役プリンセス、リリアン。精霊魔術の使い手であるダークエルフ、グラディス。無類の弓使いである兎獣人ビースター、ウィノーナ。

 癖は強いが頼りになるパーティの仲間たち。

 みんな、ボロボロだけど大きな怪我はないみたいだ。

 致命傷を負ったのは俺だけだな。

 

 よかった。

 こいつらが無事なら、もう思い残すことは何もない。

 

「ありがとな、みんな……。俺は、ここまでみたいだ……」

「いやよ……そんなこと言うんじゃないわよ!」


 今にも泣き崩れそうなグラディスに、俺は「違うんだ」と首を振る。

 

「死ぬ、わけじゃない……もとの世界に、帰るだけだよ……」

「それって、タロっちが前に言ってた、ニッポンって国のこと?」

「さすがウィノーナ。察しが早い……」


 さっきから、キラキラと光る粒子が俺の身体からあふれ出ている。

 アニメやゲームとかでたまに死亡キャラが儚げに光るエフェクトに包まれながら消える演出を見ることがあるけど、ちょうどあんな感じのキラキラだ。


 転生する前、女神を自称する変な女からこんなことを言われた。 

 魔王を倒したら、もとの世界に帰してやる、と。


 どうやら、あの言葉は本当だったらしい。

 

「とにかく、心配するなよ。ただ、向こうに帰るだけだ。本当に死ぬわけじゃ――」

「バカっ!」


 グラディスが叫んだ。

 わなわなと肩を震わせながら、俺を睨む。


「ここに戻ってこられないなら意味ないわよ! あんたが、いない世界なんて、そんなの……」

「グラディスちゃん……」


 嗚咽を漏らすグラディスに、リリアンが寄り添う。

 俺が何も言えないでいると、ウィノーナが口を開いた。


「……ウチ、わかってた。いつか、こんな日が来ちゃうんだろうなって」


 そう言って俺に笑いかけようとするが、ウィノーナの笑顔はどこかぎこちない。


「でも、ダメだなあ。タロっちがいなくなること、全然受け入れられそうにないよ……」


 ウィノーナはそこでこらえきれなくなったのか、顔を伏せる。

 代わりに顔を上げたのは、リリアンだった。


「……それでも笑顔で送り出しましょう。タローさんはこの世界を救った、救世主なんです。タローさんの旅立ちを私たちで祝福しなくては」


 リリアンはいかにも一国の王女らしい、毅然とした態度で告げる。

 だが、碧い目に浮かぶ涙だけはどうにもならなかったようだ。


「タローさん、どうか忘れないでくださいね。この世界のことを。あなたと共に旅をした私たちのことを」

「……当たり前だろ」


 この世界ではいろんなことがあった。

 バカげたことも、楽しいことも、辛いことも、哀しいことも。


 だけど、すべての思い出を懐かしく振り返れるのは、彼女たちと出会えたからだ。


 絶対に忘れるものか。


 異世界メルディアで歩んだ旅路の記憶を。

 最高の仲間たちと過ごしたかけがえのない時間を!


「俺たちは最高のパーティだ。お前たちと会えて、本当に、よかった……ありがとう……」

「やめてください。お礼を言うのは、私のほうですよ……?」


 リリアンの声が涙で濡れる。

 他の仲間たちも俺のために泣いてくれている。

 

 別れは悲しいけど、この空気は悪くない。

 アニメの最終回っぽくていい。

 

 これで俺が儚げな笑顔を浮かべたまま、光に包まれてフェードアウトすれば、綺麗なエンディングを迎えられる――


「私はタローさんから、かけがえのないものをたくさん頂いたんです……」


 そしてリリアンは目元を拭うと、

 

「あなたの妻になれて、本当に幸せでした!」


 ……………………………………………ん?


「妻?」「妻?」


 グラディスもウィノーナも真顔でお互いの顔を見合わせる。それから、俺のほうに揃って目を向けた。

 知らない知らない、と俺は首を振る。

 

 一人だけ最終回的な空気に浸っているリリアンに「なあ」と声をかけた。


「妻というのは、夫婦の片割れとしての妻で、意味は合ってる?」

「はい、もちろんです」

「……リリアンが、俺の、妻?」

「はい! あなたの妻! タローさんの花嫁です!」


 オーケイ。

 深刻な誤解があることだけはわかった。


「リリアン、落ち着いて聞いてくれ」

「なんでしょう!」

「俺たち、結婚してないぞ?」


 リリアンはきょとんとした顔になった。


「……結婚、してない?」

「してない。結婚も、婚約も、付き合ってもいない」

「えっ。えっ? ええっ??」


 リリアンは頭の上にたくさんハテナを浮かべる。


「でも、指輪を渡してくれましたよね!?」

「指輪?」

「これです!」


 勢いよく、自分の左手を掲げる。

 彼女の薬指には銀色の指輪がはめられていた。


「タローさんがくれた『天使の指輪』です! 指輪を贈った者は相手と永遠の絆で結ばれる、という逸話のある伝説級のアイテムじゃないですか!」

「そういえば、そんな逸話があったな」

「そういえば??」


 なるほど。

 リリアンの誤解の原因がわかった。

 いいか? と俺は子どもに言い聞かせるようにゆっくり話した。

 

「『天使の指輪』にはリジェネ効果、つまり装備した人間の体力を回復させてくれる効果がある。そりゃあ、もうえげつない回復量だ。リリアンは俺たちのパーティの盾役。お前が倒れたら、このパーティは一巻の終わり。だからリリアンに渡したんだ」

「まさか――」

「そうだ」


 俺は頷く。


「そいつは、ただの装備品であって、結婚指輪として渡したモノではない!!」

「タダノソウビヒン!?」


 リリアンは、クリティカルヒットを喰らったような顔になった。


「えっ、ほ、ホントに? 結婚してないんですか、私たち!?」

「してない。結婚なんてこれっぽっちも考えてない」

「あんな逸話があるのに!?」

「アイテムに大事なのはフレーバーテキストじゃない。効果だ。おかげで、魔王戦にも勝てただろ?」

「ひどい! 乙女の純情をなんだと思ってるんですか!」

「っていうか今の話、渡したときに全部説明したよなあ!?」

 

 俺の叫びに、グラディスも、ウィノーナも「うんうん」と頷いた。


「ええ、してたわね。リリアン、全然聞いてなさそうな顔してたけど」

「指輪もらって、舞い上がってたんだろうね。ドンマイだよ、お姫サマ」

「そんな~~!?」


 たしかに思い返してみれば、指輪を渡したときのリリアンはいつにも増して挙動不審だったかもしれない。

 くそ。寄行がデフォみたいな奴だから全然気づかなかった!


「うう……お父様とお母様にも……結婚報告の便りを送っちゃったのに……」

「しれっと外堀を埋めるな」


 いつのまにか、さっきまで漂っていた最終回的な空気が霧散していた。

 例えるなら、ゆるゆるの全然締まらない日常回のそれである。

 

 でも、それも悪くない。

 いつまでも変わらない日常を映してのENDも大好物だ。


 そうだよ。

 大仰な別れなんて、俺たちには似合わない。

 いつもと変わらない仲間たちの笑顔で送られるなら、それで――

 

「だいたいねー。タローがリリアンの夫なわけないでしょ」

「そうそう。タロっちがお姫サマと結婚なんて、そんなそんな」


 なぜかグラディスとウィノーナは妙に自信たっぷりな様子で断言する。

 さすがに、その言い草には俺も反論したくなった。


「なんだよ、それ。俺とじゃあ、リリアンと釣り合わないっていうのかよ」

「そうじゃないわよ」

「もう、タロっちもビシッと言いなって」


 二人はドヤ顔になりながら、


「だって、タローはあたしと結婚してるんだから!」

「タロっちはウチの夫でしょ?」


 時が止まった。

 仲間たちは互いの顔を見合わせた。リリアンも、グラディスも、ウィノーナも真顔である。それから揃って俺のほうを向く。


「……どーゆーことかなあ、タロっち」

「言い逃れできると思ってる……?」

「タローさん。浮気は許しませんよ?」

「一旦、状況を整理させてー!」


 どういうこと?!

 俺たち全員、幻覚魔法でもかけられてるの!?


 この混迷した状況の中、先に口を開いたのはグラディスだった。


「……あんた、あたしに言ったじゃないの。満月の夜、星降り丘の花畑を見ながら、『花が綺麗だね』って……」

「……うん。たしかに、言ったのは、覚えてる」


 だって本当に花が綺麗だったし。

 それが何か?


「『花が綺麗だね』ってエルフに言うのは……『あなたを愛してます』って意味なんだけど?」

「そんな漱石のエピソードみたいな言葉だったの!?」


 文豪・夏目漱石は『アイラブユー』を『月が綺麗ですね』と訳したという有名なエピソードがあるが(真偽はしらない)、完全にそれのエルフバージョンじゃん!


 じゃあ俺、知らずにグラディスにプロポーズしてたのかよ!?


「そう……。知らずに言ったのね……」


 グラディスの周りを赤い光が飛び交う。火の精霊たちだ。まるで彼女の激情を表しているかのようにめらめらと燃えている。

 

「あんたの言葉を聞いてから、あたし……ど、どんなに……う、うれ、うれし……くぅっ!」


 やばい。

 このままだと消し炭にされる!

  

 待って。

 だとしたら、ウィノーナのほうはなんだ……?


獣人ビースターにはねえ、こんな言葉があるんだよ。『汝、己よりも猛き者と結婚せよ』って。タロっちも知ってるよねえ?」

「お、おう。たしかに教えてもらった覚えは、あるけど」


 ウィノーナはにこにこ笑ってる。

 しかし、彼女の言葉がえらく殺意高く聞こえるのはどうしてなんでしょうか……。


「タロっちはさあ、ウチを三回打ち負かしたじゃん? ウチに土をつけたんだから、当然責任は取ってくれるものだと、信じてたんだけど……?」

「稽古で三勝しただけだよな!?」


 しかも九七四敗してるし!


「勝ちは勝ちだよ。だからウチは、すっかりタロっちのモノになったと思ってたんだ。でも、君にはその気がなかったんだよね?」

「……はい。なかったです」

「へ~~~?」


 こっちもお怒りでいらっしゃるー!


 二人は無言でこっちににじり寄ってきた。

 魔王戦より絶望感あるんだけど!?


「待ってください!」


 と、二人と俺のあいだにリリアンが立ちはだかった。


「二人とも、私とおなじです! こちらが勝手に勘違いしてただけなんです! タローさんを責めるのはお角違いですよ!」

「リリアン……!」


 俺を、助けてくれるのか?

 さすがリリアン。やっぱり最後に頼れるのはお前だけだ!


「で、でも、それじゃあ、あたしの気持ちの収まりがつかないわよ!」

「そうだよ。ケジメはつけてほしいかな?」

「はい。お二人の気持ちもわかります!」


 リリアンはそこでぐっと拳を握って、


「なので、ここはタローさんに決めてもらいましょう!」

「えっ?」


 リリアンはこちらに振り返ると、満面の笑顔で告げた。


「タローさん。消える前に教えてください。あなたの本命がいったい誰なのかを!」

「なんで本命がいる前提なんだよ! 俺たち、そういう関係じゃないだろ!」

「問答無用!」

 

 リリアンがぐいと眼前に迫る。

 グラディスもウィノーナも俺ににじり寄った。


「さあ、答えてください。タローさん!」

「ハッキリさせなさいよ、タロー!」

「このまま消えるつもりじゃないよね、タロっち」


 圧がすごい!

 でもここで答えないと、こいつらにとんでもない遺恨が残る!


「さあ」「さあ!」「さあ!!」


 早く! 早く答えないと!

 しかし何かを言おうとしても言葉が出てこない。あれ? なんで!?


「ねえ……タロっちの身体、どんどん透き通ってない!?」

「もう時間がないんだわっ!」

「タローさん! 何か言ってください!」


 言ってるんだよ!

 でも全然声が出ない!


 ああ! キラキラの粒子が! どんどん身体から溢れてくる!


 すべてが光に包まれていく。

 俺の身体も。

 仲間たちの姿も。


 ――こうしてタロー・ガーランドは、異世界メルディアから消えた。

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