第17話 前世での家出娘の説得

 あれは俺達が勇者としてフィローディアを旅してた頃。


 それはある町での出来事だった。


 大陸を渡る為に船に乗らなければならなかった。


 しかし、それには船に乗る為の乗船券が必要だった。

 それはその町の権利者である町長の許可がいるとのことだった。


 その町長に話をしに行った時のことだ。


「お願いです勇者様、娘を……リーマを連れ戻してください」


 町長を務めるユドーという男性の娘が家出して帰ってこないという話だった。


 娘であるリーマは好きな男ができて、その家に転がり込んで帰ってこないという話だった。


 ちょうど日本で生きる今の俺達の世界でいう和美ちゃんと同じ状況だった。


 その父親は娘のことが心配で俺達に連れ戻して欲しいと言ったのだ。

 町長の悩み事を解決してくれたら条件を飲んで船の券を授けようと言われた。


 つまりはまあ、RPGでよくある先に進む為に立ちはばかるお使いイベントというやつだ。


 勇者たるもの、ただ魔王を倒しに行くだけではなく旅の途中で立ち寄った場所の人助けをするのもあの世界のルールだった。

 旅をするには、そういったことも解決せねばならない。


 船のチケットだけではなく、報酬はたんまり出すと言われ、旅の資金にする為に俺達はその依頼を受けて娘であるリーマを説得しにいくことになった。






 リーマが滞在しているという家に行き、実際に会ってみた。

「嫌よ。私は絶対帰らないわ」

 リーマ嬢はそう言って帰らなかった。


 リーマがいたのは農家の男の家。

 なんでも、リーマはここの家の長男であるジーグという男性に惚れてしまい、そのまま家に居座ったとのことだ。


 ジーグの父親はすでに亡くなっていて、最初はジーグの母親も町長の娘を家に置くことは反対したが、リーマ本人が頑固なので、町長の娘ということで粗末な扱いをしてはいけないというのがあったのだろう。


 何かトラブルがあってしまうと、農家として今後の仕事に影響が出る。


 金持ちの家で娘を匿っている時点ですでにトラブルだが説得する勇気がなかったとのことだ。


 そのままジーグの家の母親はリーマと生活することに何も言わなくなったそうである。


「お父様はいちいち過保護よ。私の好きな人くらい、自分で決めたいわ」


「でも、帰らないとあなたのお父様も心配してますよ」


 俺はなんとか説得を試みた。依頼を成功させねば報酬がもらえず、先に進めないからだ。


「そうっすよ。君のお父さんだって、男の家に転がり込んだなんて迷惑をかけるだけだって言ってたっすよ」

「あなたのお父様もあなたのことを想ってそう言ってらっしゃるのですよ」

 仲間であるジュディルとラミーナも一緒に説得した。


 しかし、リーマは意思を曲げようとしなかった


「私はジーグと一緒にいるの。このまま結婚するんだから」


 その場でどうにもならなかった俺達はそのことをユドーさんに報告した。


「あんなわがまま娘が農家でなんてやっていけるわけないんです。農家の仕事は大変なんですよ。嫁になんて行かせたら、絶対出戻りになるだけです。そうなると我が家の名誉にも傷つきます」


 リーマは裕福な家のお嬢様育ちということで子供の頃からなんでも使用人任せで自分のこともろくに自分でできなかった。まさに箱入り娘だ。


「あの子は料理だってまともにできないし、家事だってからっきしです。今はジーグさんのお母様が家事をやっているとしても、これから先はどうなります? 嫁に行ったとして出戻りなんてしたらうちも赤っ恥ですよ。ただ相手の家に迷惑をかけるだけですよ」


 ユドーさんの言ってることもその通りだった


 農家とは普通の家よりハードな生活で、これまで金持ちのお嬢様として暮らしていた女の子にそこでやっていくだなんて無理だと。


 俺達は考えた。とはいえあっちの世界での俺達もまだそこまで大人になっていなかった。


 あそこでは十五歳で成人ではあったが、俺達と同じ年齢 俺とラミーナが十七歳でジュディルも十六歳だった。あの世界では成人ではあるが今は世界を救う旅が優先ということで恋愛などしている余裕はなかった。なので他人の恋沙汰に足を突っ込むのはどうすればいいかに迷った。


 農家でやっていくということはその農家でやっているだけの生活力がないといけない。


 金持ちのお嬢様が一般家庭の家にお嫁に行くとなると、何をすればいいか。


「ではユドーさん、こういうのはどうでしょう」

俺は町長にとある案を出した。





 俺は再びリーマ嬢に会いに行き、こう言った。

「君のお父さんは君が農家でやっていくことを難しいって心配してたよ。今がジーグのお母様の御厚意で置いてもらえてるとしても、もしもこれからずっとジーグさんと同じ家に住むならできなきゃいけないからそんなのことできるわけがないって」


「でも、ジーグのお母様もここにいていいって言ったもん」


 ここでリーマには言わなければならないことがあった。


「君のお父様は君が本当にジーグさんと結婚するつもりなら、その覚悟を見せろと言っていたよ」


「覚悟って?」


 リーマはきょとん、という表情をした。


「まずは生活スタイルをジーグさんの家に合わせることだ。ジーグさんのお母さんに任せっきりじゃなくて、君が家事をする。今はジーグさんのお母さんが家事をしているとしても、結婚するのならばいずれは君ができなきゃだめだ。旦那様を支えるのもお嫁さんの仕事だ」


「な、何よそれ」


「だって農家の嫁になるってことは、その家業を一生手伝うってことなんだ。それくらいできなきゃ。それに働かざる者食うべからず。お嬢様な君もこれからは働く立場だ」


「うう……」

リーマ嬢は少し嫌そうな顔をした。


「大丈夫。君がジーグさんと結婚したいというならば、その愛の力でできると思うんだ。君はどうしてもジーグさんと結婚したいんだろう? それには彼にも嫌われないことが必要なんじゃないかな。むしろ、君が傍にいてほしいって気持ちになってもらわないと」

「……じゃあやってみる」


 俺の説得にリーマは納得したのかしぶしぶ嫌そうではあるがその話に乗った。


 それから俺達はジーグさんと話し合い、リーマ嬢が一日にすべきスケジュールを決めさせてもらった。


 まずは朝だ。お嫁さんとして旦那様よりも先に起きて朝食の支度だ。

 そのあとは掃除洗濯をして、農業の手伝いをする。それを夕方までだ

 畑仕事に家畜の世話だけじゃない、昼には昼食を作ることも担当だ。


 これまでは使用人に任せていたことを自分でやるのだ。


「どうだいできるかい? とりあえずこれを三日間やってみるんだ」


 これまでは使用人に任せていた家事も全てやるのだ。


「……わかったわ。やってみせるわ。ジーグと一緒にいる為だもの」


 そして俺達はこの町に三日間滞在することになった。その間もリーマ嬢の様子を見に行く。監視にも近いかもしれない。


 リーマ嬢も最初は苦労していた。

 朝早く起きるのが辛いリーマは朝食の用意をする。料理ができない。なので一から本を見て料理について学ぶ。掃除洗濯の上にさらに農業は重労働だ。農家に嫁ぐというのはこういうことだ。


「頑張れリーマさん」


 その後、リーマは頑張った。好きな人とこれからも一緒にいる為には自分が頑張らねばならないと。


 約束の三日間が過ぎて、俺達はリーマ嬢に会いに行った。

「どうですかリーマさん、この三日間は」

「疲れたわよ。これまでにないってくらいに働いたわ」

「じゃあそんな毎日を過ごせるんですか?」

「大変だとは思ったわ。でも、ジーグがこんなこと言ってくれたの。『こうして家事に一生懸命になってくれる君は素敵だよ。仕事を支えてくれるし、ぜひお嫁に来て欲しい』って」


 ジーグがリーマ嬢をそう褒めたたえたというのだ。


「私がスケジュール通りに動いたら最初は私が家にいることに反対してたお母様も喜んでくれたわ。「お料理も自分で覚えて、掃除や洗濯だってしてくれるからリーマさんがここまでしてくれるなら、本当にお嫁さんになってほしいって」


 あの後はリーマがジーグの家にいたいというのではなく、逆にそちらから嫁に来て欲しいと言ったようだ。


「確かに大変だった。けど、あの時のジーグの笑顔を見たら苦労よりもそれ以上のものを手に入れた気分だった。私はやっぱりあの人と一緒にいたいって」

「じゃあどうする?」

「私、お父様にちゃんと言います。ジーグを支えるお嫁さんになるって。だから、ちゃんと私、一旦家に帰ってもっと家事を教えてもらって本格的にお嫁さんになる修行をするわ。それから改めて結婚させてもらう。外にお嫁さんに行くのに、実家の両親に反抗して家出状態で反対を押し切るだなんて、そんなわがままはだめだって思えた。ジーグの元へ快く嫁ぐにはまず両親を安心させた方がいいもの」


 そうしてリーマ嬢は無事に町長の家に帰ることになったのだった。

 町長はそのことをとても喜んでくれた。


「勇者様、本当にありがとうございます。娘が無事に家に帰ってきました。しかも随分とたくましくなって。正直農家に嫁がせようだなんてできっこないと思いましたが、娘の意思は本気なようです」


 こうして依頼を達成させて俺達は無事に資金を入手し、船に乗ることができたのだった。



 俺達はそんなことを思い出した。


「そんなことあったっすね」

「ああ。あの子の家に帰りたくなくて好きな男の家にいるって状況は同じじゃないか?」

「でも、それはあの世界だからできたことじゃないっすか。あそこでは文明レベルだって低かったし、この時代と違ってそういう家系を支えるっての早かったし」


 ふーむ、と俺は考えた。


「そういえばあの子も十五歳だったな」


 リーマ嬢はあの時、十五歳だった。

 あの世界では十五が成人とされ、その年齢で嫁に行くのはおかしくなかったのだ。


 しかし、この世界でいう十五歳とはまだ中学生だ。法律的にもまだ結婚はできない。


「じゃあこうしないか。和美ちゃんが本当に幸彦って男と結婚するつもりなら、その覚悟を見せてもらうってのは」


 結婚したいというならば、それは相手についていくという覚悟が必要というわけだ。


「なるほど、その決意がどれくらいかを見るってわけっすね」

「それに結婚ってのは互いの家の了承がないとできないものだろう。ということは和美ちゃんは幸彦さんと結婚することになるなら実家に幸彦さんを紹介しなければならない。親が認めもしない結婚相手なんてこの世界では不成立だ。ましてやあの年齢だとな」


 フィローディアとこの地球の日本との文化の違い、それはどう説得すればいいのか。


「あの子にもその時のリーマさんのように相手と共になりたい気持ちがどのくらいかを見てみよう」

「確かにその気持ちがなければずっと共にいるなんてことはできませんものね」

「じゃあちょっとそのことでまた和美ちゃんに会いに行こう」


 俺達は作戦を考えることにした。



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