P16 診察のあいだ、ロビーの外に出て涼介さんと電話で話し込んでいると、蒼汰らしき男性の後ろ姿が建物の外へ出て駐車場の方へ歩いていくのが見えた
診察のあいだ、ロビーの外に出て涼介さんと電話で話し込んでいると、蒼汰らしき男性の後ろ姿が建物の外へ出て駐車場の方へ歩いていくのが見えた。
「またかけ直しますね」
私は涼介さんに断って電話を切ったが、焦って彼の背中を見失ってしまった。受付で聞くと会計は済んでいると告げられた。
「悪い、きょうは一人で帰りたい」
スマホにかけたらすぐに電話を切られそうになった。
「待って。先生、何て言ってたの」
「何も。切るぞ」
「何もって……。何か言ってたでしょう?」
「別に何も。いつも通り問題なしってさ。首とかの湿布出されて終わり」
車の行きかう音が聞こえる。大通りに出たらしい。
「嘘」
「嘘じゃないよ。通院はもう月イチぐらいで様子を見る感じでいいんじゃないかってさ。じゃあな」
また一方的に話を終わらせようとしたので私はかっとなった。
「何それ! おかしいよ」
近くにいた患者たちが一斉にこちらを凝視したのがわかった。それでも私は我慢の限界だった。
「まだ私のこと思い出してないのに。問題ないわけないでしょう!」
「またその話か。知るかよ」
蒼汰はいらついた感じで吐き捨てた。「このあと約束あるから遅くなる」そう言い残して電話は切れたのだ。
フライパンの料理を温め直そうとキッチンに立ったとき、玄関のドアが開く音がした。蒼汰が帰宅したのだ。
「……遅かったね。病院、混んでたの?」
近づいてくる足音に明るい声で尋ねてみたが、返事はなかった。
「これ洗っといて」突然何かを投げつけられて、私の顔にばさっとかかった。脱いだばかりのシャツだった。当たると思っていなかったのか、投げた蒼汰自身も一瞬たじろいだような声を出した。
「メシいいや、食ってきたんだ」
早口でそう言ったあと、逃げるようにシャワーを浴びに行ってしまった。
シャツの胸ポケットからは映画の座席券が二枚出てきた。最近ネットで話題になっている人気恋愛小説を映画化したという作品だ。蒼汰の趣味じゃない。アイリが観たいと騒いでいたのをどこかで聞いた気がする。
「病院って嘘だったんだ」
浴室から水の流れる音がしている。好物のハンバーグがフライパンの中で冷たくなっていった。
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