P12 次の講義のために移動していた私は、蒼汰が男子学生と楽しそうに喋っているのを見かけた
次の講義のために移動していた私は、蒼汰が男子学生と楽しそうに喋っているのを見かけた。
不真面目なグループに属している男子たちで、大学に来なかったり、来ても授業には出ず中庭の芝生で寝っ転がったり、ベンチや喫煙所で女子学生らと雑談したりしてだらだらと過ごす彼ら。
立ち話をしている蒼汰の足元にボールが転がった。彼は片手で拾うと、まるでバスケでもするみたいに軽々投た。
「もう平気なの? 死にかけたって話聞いたけど」
パスを受け取りながらボールの持ち主がさらりと言う。
蒼汰はわざとらしく腕をぐるぐる振り回しながら「楽勝」と笑っている。私はその軽薄そうな仕草や表情を眺めながら、「別のひとみたい。前はあんなにだらしない顔してなかったのにな」と不満をつのらせた。私を忘れたという蒼汰の言動をつい細かくチェックしてしまうのだ。
すぐそばを歩いていた女子学生たちも蒼汰が気になるらしく、ありもしない噂話で盛り上がっていた。
「バイクに乗ってて事故ったんでしょ」
「違うって。ふられた女が腹いせにバイクで轢こうとしたって」
「何それ、犯罪じゃん」
ぎゃはは、という破裂音のような笑い声が耳の近くで響いた。
「えー、でも彼女いたんだ?」誰かが残念そうな声を出すと、「ふっただけでしょ。コクられて」とすぐに誰かが否定した。
「蒼汰なら納得。ぼーっとしてるけど彼女とかいっぱいいそう。あれは相当、遊んでるよ」
彼を目で追いながらヒソヒソと囁きあっている。
「おれにかして」いつの間にか蒼汰がボール遊びに混じっていた。
「見てよ、あの顔。少年みたいじゃん!?」
女の子たちが感嘆の声をあげているすぐ隣で、私は蒼汰のまくりあげられたシャツの袖からのぞく腕に目を凝らしていた。
カメラを構えるときと似ている。私は彼がボールを投げるときのすっと静かに動くあの腕が好きだった。無意識ではないかと思うほど自然で、それでいて美しい動作なのだ。
「残酷だな」
楽しそう声をあげる学生たちと、その中心にいる蒼汰の快活そうな笑顔を私は何ともいえない気持ちで眺めていた。あの腕。からだは同じなのに、知らないひとみたいに振る舞うなんて。残酷だ。
事故が起こる少し前の夜のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます