P11 久しぶりの大学にも馴染んでいるようだ
久しぶりの大学にも馴染んでいるようだ。蒼汰の学科は実習も多いので疲れないか心配したが、出席日数が危ないといって休まず通っている。
授業に出ると些細な記憶が抜けていることに気づくという。
例えば友人のこと。科目ごとに微妙に入れ替わるため混乱するらしく、雑談を交わしながら彼らの存在を思い出せたり思い出せなかったりすると涼介さんに話しているのを聞いた。
それでも問題ないよと笑って話す蒼汰に、背中が冷やっとした。
忘れられた人たちは、元から彼の中で印象が薄い人たちだったのではないか。もしかして私も……? と悩みそうになり、怖くなって考えるのをやめた。アイリのことは覚えていた。
そっけない態度の蒼汰が、珍しくうちで笑顔を見せたこともあった。彼の好物の「鶏つくねのしそ巻きハンバーグ」を作ったときのことだ。
「うまい、うまい」
勢いよくご飯をほおばる蒼汰を見ていると昔に戻ったようで嬉しかった。食卓で微笑み合って本当に和やかな雰囲気だったのだ。私が余計なことを口走って、雰囲気をぶち壊してしまうまでは。
「これ、前も好きだったもん。やっぱり味覚は変わってないんだねえ」
しみじみ言ったあと、あっと後悔したが、もう遅かった。蒼汰の表情が曇るのと同時に、箸の動きがぴたりと止まってしまったのだ。彼は顔を強張らせたまま、口を閉ざしてしまった。
「ごめん。おれ、こっちで食うわ」
次の日からリビングにお皿を運んで、テレビやスマホを見ながら一人で食事をとるようになった。やめてとは言えなかった。過去のことを持ち出したときの蒼汰は、一瞬かなり傷ついたような顔をしていたから。
失敗やすれ違い。不機嫌。日常生活の些細なことで蒼汰とうまくいかないときほど、私は優しかった頃の彼の面影を呼び起こしてしまった。優しかった頃の彼を忘れないように。
「結愛は寝てて」
私の体調が悪いときは自分の担当以外の家事もよく手伝ってくれたっけ。
洗い物が得意だって自慢していたけど、蒼汰が洗ったあとのお皿は、いくつも泡がついたままになっていることは知っていた。
「蒼汰、はやく会いたい。寂しいよ」
私はキッチンに飾ったポトスの葉をそっとなでる。二人でホームセンターに行ったとき、葉っぱの模様が可愛いねと眺めているうちに欲しくなって一緒に買ったのだ。そんな日常の当たり前の風景も、今は切ないくらい懐かしい。
「……いつ戻ってくるの?」
テーブルに突っ伏しながら私は振り絞るようにつぶやいた。
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