P07 蒼汰から今まで一度も攻撃的な態度を向けられたことがなかった私は、時折見せる彼の「らしくない」言動に戸惑っていた
蒼汰から今まで一度も攻撃的な態度を向けられたことがなかった私は、時折見せる彼の「らしくない」言動に戸惑っていた。
ふてくされた彼の顔を見ていると、事故の前はむしろ私のほうが彼に腹を立てていたことを思い出す。それも一度や二度じゃない。しょっちゅう怒っていた。蒼汰はそれを優しくかわしてくれる側だったのに……。
私が機嫌を損ねるのは決まって、彼と同じ学部の女子学生のことだった。
全学部共通の授業で蒼汰とたまたま一緒になったときに、彼が同じ学部の女の子たちと親しげに喋っている姿を見てしまったのだ。
私は蒼汰を責めながらいつも、自分ののほうがおかしいことを知っていた。彼は誰に対しても優しい。声をかけられたら男女の区別なく親切に答えるし、冗談にも付き合う。そこに他意はないのだ。
それでも私は不満をぶつけてばかりいた。今思うと、彼の愛情を試したかったのかもしれない。
蒼汰は異性から人気があったし、仲良さそうに喋っていたアイリという女の子が蒼汰に片思いをしていることは有名だったから。
彼に言い寄る女子は、顔とかスタイルに自信がある子が多かったように思う。アイリもその一人だ。小柄で、猫のように目がぱっちりして、いつもは強気な表情だが微笑むと小動物みたいに愛くるしいと男女問わず人気があった。SNSでも目立っており、タレント事務所にスカウトされたこともあると聞いた。
そんな煌びやかな女子たちが親しげに彼に声をかけるのを見ているのはつらかった。
授業で一緒にならない日でも、教室の移動中や空きコマなどで嫌でもそんな場面を目撃してしまう。誰も彼女である私には遠慮しない。でもそれは仕方のないことだった。周囲には、同棲どころか付き合っていることすら伝えていなかったから。学内ではほとんど言葉を交わさず、目を合わせることもしなかった。
内緒にしてほしいとお願いしたのは私だ。女子から敵意を向けられるのが怖かったし、注目もされたくなかった。だから外では言えないぶん、帰り道や家では文句を言ってばかりいた。
「あのアイリって子、蒼汰のことが好きなんだよ。態度見ればわかる」
「どうして二人っきりで喋るの?」
私が興奮気味に問いつめても、蒼汰はたいてい飄々としていた。うーん、と頭をぽりぽりかきながら、「話しかけられたら喋んないとまずいだろう」とか、「アイツそんなに悪いやつじゃないと思うよ」と女の子のほうをかばったりする。
面倒臭がりのわりに、口先だけで私を安心させるような、不誠実な嘘はつかなかった。
「それより腹へったな。きょうの夕飯当番、どっちだっけ?」
蒼汰は大きなリュックをどさっと床に置いて、私に抱きついてくる。
「もう、危ないでしょ」包丁を持ってない方の手で振り払おうとしても、はあ疲れたなあ、なんて呟きながらぴったりと密着して離れてくれない。リュックの口からはレンズがのぞいていた。授業の帰りにひとりで撮影して回っていたらしい。
「どこで撮ってたの」
「東京タワー」
「また? 人が多くて大変だったでしょう」
調理の手を止め、私は蒼汰を振り向いた。そうでもなかったよ、と微笑みながら、私がもう怒っていないことを確認して彼はほっとしたような顔つきになったのだ。
「蒼汰……」思い返すと後悔しかなかった。
どうしてもっと労ってあげられなかったのだろう。すねてばかりいた。わがままな子供みたいな振る舞いで、知らないうちに彼を疲れさせていたのではないか。
「はやく会いたい」
いつもの蒼汰に、はやく会いたいのに。
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