髷好きの俺が異世界の殿に髷愛を試されている

アガタ

第1話 光り輝く髷


 多母髪結衣たもがみ ゆいは、早朝の街を歩いていた。

リュックサックを背負い、肩にはスケッチバックをかけている。

結衣は美術大学の一年生だった。

急ぎ足で、結衣は通りの角を曲がった。

アッシュグレーにブリーチした髪が、風に煽られてなびく。


(しくったな~)


寝坊したのだ。理由はいつもの事だ。

昨夜観た時代劇特撮<仮面の忍者橙影>が面白過ぎてつい夜更かししてしまった。

結衣の趣味は時代劇鑑賞だった。

時代劇はいい。心が洗われる。見ているだけで、非日常の感覚を味わえる。


(あの時代と、現代が地続きだって、ホント信じられないよな)


結衣にとって、時代劇とは過去への憧れと、非日常への好奇心の混ざり合った、愛すべき対象だった。


「おっと!」


自転車が、結衣の前方からやってきて、スケッチバックを掠めた。


「あわわ、わっ!」


結衣がよろけて尻もちをつく。バサバサとスケッチバックの中からスケッチブックが転がり出る。

自転車は、そのまま走り去っていってしまった。

スケッチブックの中から、画用紙が落ちてバラバラと何枚か道路に広がる。


「あー……!」


結衣は間の抜けた声を出しながら、両手を広げて画用紙をかきあつめた。

画用紙には、髷を結った武士が描かれていた。

結衣のもう一つの趣味、それは<髷>のイラストを描くこと。

画用紙の束ほとんどに、髷のイラストが描かれている。

結衣は友人達から「髷オタク」と呼ばれるほどの<髷愛>を持っていた。

高校生の頃なんか、自分で月代を剃って髪型を髷にしようとして親に泣かれたことがある。

三日三晩父と母に泣いて止められたので、さすがの結衣も折れた。それ以降、髷にしようとはしていない。

でも結衣は、どこかなじめなさを感じていた。

現代に髷が生き残っていたらいいのに……お相撲さんだって髷なんだから。

全員髷でなくていい。ただ一人独特の髪型だって、多様性の一環と捉えられて欲しいのだ。


(月代剃った髷が一人いたって、泣かれない世の中になればいいのにな)


道路に落ちた画用紙は、後一枚だ。

それを拾おうと、結衣は手を伸ばす。

これば大事だ。結衣史上稀に見る満足度で描けたイラストだった。

髷のイラストの中でも大事なものだ。

その画用紙に描かれていたのは、立派なお殿様だった。

黒々と艶めいて立派な大銀杏髷に、銀色の龍と雲の柄をした肩衣と袴を組み合わせた裃。

がっしりとした肩幅は、それを強調している。

白地に御所車紋様の着物が長い手足に生えていて、全体を華やかに見せていた。

両眼は切れ長で吊り上がっていて、いかにも涼やかだ。

紅い紅で、目の端に紅を塗る<目弾き>も描いてある。

鼻は鼻筋が通っていて、立体的で鷲鼻気味な鼻翼は触れたくなるくらい。

赤い唇はひき結ばれていて、形が良い。

(いい男だなあ……!)

結衣がぼうっとそれを眺めている隙に、風が吹いて、画用紙が巻き上がる。

「あっ!」

いけない、と思った時には、イラストは風に煽られて中空へふわりと舞い上がっていた。

「ま……っ!」

結衣がジャンプして、イラストをとろうとする。

その時だった。

イラストから、僅かな光の粒が漏れる。画用紙は、まだ中空に浮いていた。まるで静止しているようだ。

光はどんどん大きくなる。


「え……?」


結衣がは錯覚かと思い、眼をこすった。もう一度中空を仰ぎ見る。

イラストが発光している。

光は大きく強くなり、結衣は眼をすがめる。

その光は、耐えられないくらいに大きく派手になる。

まるで、幾万のスポットライトを当てたダイアモンドの輝きのようだ。

結衣は思わず手を目の前に翳した。

イラストが、僅かにふえる。

手の間から、結衣は見た。イラストから脚が出て、腕が出、やがて全身が出現する。

イラストから一人の男が飛び出したのだ。

絵にかいたように美しい髷。

完璧な和装。

結衣に向かって、男は微笑んでいた。

そして男は道路に降り立って、言った。


「余の使命は、日本を再び髷の国とすることである!」


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