川崎病 ー私たち家族の16日間ー
千鶴
1
夜中。苦しそうに寝返りを打つ次女の様子が気になり額を触ると、焼けるように熱かった。暗がりのなか手探りで照明のリモコンを探し、豆電球をつける。長女は隣で眠っていたが、主人は物音に気づいて目を覚ました。
「どうかした?」
「うん。ちょっと熱がある」
次女を指差して小声で伝える。体温計を準備してグズる次女の脇に挟めば、表示された数字に肝が冷えた。
「39.6度もある」
「解熱の坐薬あったっけ。冷蔵庫」
主人に言われ、2階の寝室からリビングまで降り冷蔵庫を開ければ、以前の風邪で処方されていた坐薬がひとつだけ残っていた。ラッキーだった。
ここのところ、娘たちは2人とも発熱どころか風邪もひいていなかった。6歳と4歳。週末には幼稚園のお遊戯会を控えていて、『このタイミングで体調崩したら大変だよね』なんて話していた矢先、週が明けようとする月曜の夜中のできごとだった。
坐薬を入れ、少し落ち着いたのかしばらくすると次女はまた眠りについた。熱はまだ高かったが、静かに寝息をたてる次女に安心しつつ主人と小声で話す。
「とりあえず、朝いちで小児科の予約取る」
「パートは? 休めそう?」
「この状況だし、申し訳ないけど休ませてもらうよ。朝になったら電話する」
「うん。俺も今日は定時で仕事上がるようにするから」
「ありがとう。助かる」
左から主人、長女、私、そして次女と4人、川の字に並んで横になりながら、私はひとり妙な胸のざわつきを覚えて眠れなかった。
時々、次女の胸に手を当て呼吸を確認。振り返り、長女の健やかな寝息に安堵する。そのうち主人が照明の豆電球を消して、暗がりの中ぼうっと起きてはいたが、気づけばいつの間にか眠りについていた。
12月9日 月曜日
朝6時55分。スマホのアラームが鳴る。小児科の予約が7時から開始のため、この時間に目覚ましをセットしていた。
かかりつけの小児科はWEB予約制だ。いつも6時59分から時計と睨めっこをして、いかに素早くサイトにアクセスして予約枠を勝ち取るかの争奪戦だった。
「……11時半、とれた」
なんとか予約を完了させ一安心し、隣に眠る次女の額に手を当てる。まだ熱い。ふと首元に目をやると、左の扁桃腺あたりがボッコリ腫れているのに気がついた。なんだろう。変に熱い。まさかおたふく? そう考えて一気に悲観的な感情が湧いた。
もし今日の診察でおたふく風邪と診断された場合、土曜日に行われる予定のお遊戯会への出席がかなり際どくなるからだ。これまでたくさん練習を重ねて、家でも楽しそうに一部の踊りを披露してくれていた次女の気持ちを想うと、親としてはなんとかそれまでに体調を万全にさせてあげたいと思っていた。
主人はすでに会社へと出掛けていた。不安な気持ちを飲み込みつつ、娘2人をそっと起こすことにする。
「おはよう。起きようか」
カーテンを開けると、眩しい光に目をそばめながら長女がむくっと起き上がった。
「もう幼稚園のじかん?」
「ううん。今日は幼稚園お休みしようかなって」
「なんで?」
次女が熱を出していることを長女に説明する。それから、長女も数日前から寒暖差アレルギーなのか蕁麻疹を出していたので、ついでに診察してもらおうと2人とも休ませることを伝えた。
「わかったよ、ママ」
長女は聞き分けがいい。本当は幼稚園に行きたかったと思うのに、素直にパジャマから服を着替えて用意した朝食を食べていた。申し訳ないが、ありがたい。問題は次女だ。
「やだ!」
「でも熱があるよ。診てもらわないと」
「痛いことしない?」
しない、とは言えなかった。きっと病原体の検査をするだろうし、大人でも割としんどいあの鼻をぐりぐりするやつは免れないだろう。
「分からないけど、治すためには病院に行かなきゃ。熱を下げるお尻の薬も、もうないんだ」
「……わかった」
なんとか納得してくれた次女にはお粥を作ったが、食欲はなくほとんど口にしなかった。ソファに枕をセットして横になってもらい布団を掛け、ゴロゴロしながらお気に入りの動画を眺めてやり過ごしてから、時間になると2人を連れて小児科へと車で向かった。
小児科は大層混んでいた。この時期インフルエンザが流行していることもあり、咳き込む子供たちと一緒に順番を待った。
「検査をするのでこちらへどうぞ」
優しい声色で看護師が案内をしてくれる。椅子に座らされた次女は、看護師が手に持っているキットで全てを悟ったようだった。
「痛いことしないって言った!」
言ってはいない。しかし半ば有耶無耶にして連れてきたのは事実だ。
「ごめんね。でもこれをやらないと、幼稚園に行けるかどうかも分からないから、やらないといけないよ」
何度かやるやらないの押し問答を繰り返していると、看護師は痺れを切らす。
「ママ、両手しっかり持ってて。2秒で終わらせるね」
そう言った看護師とは別の看護師が、次女の頭を固定する。私は言われた通り両手を握り、無理矢理に鼻に綿棒を突っ込まれた次女は悶絶して泣き叫んだ。
「終わったよ。よく頑張ったね。もうしばらくここで待っててね」
泣きながら私にしがみつく次女を膝に乗せながら、それをみてドン引きしている長女の頭を撫でる。そうして少しすると、診察室に呼ばれた。
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