月が綺麗とオタクが囁やき殺人事件

高井希

第1話「月が綺麗ですね」は都市伝説

 進藤は桜とビデオコールで話していた。

空には大きな月が出ている。

でも、日本とは違うな、月でウサギが餅をついてない。

それでも美しい事に違いはないが。


「こちら、月が綺麗です。そっちの月はどうですか?。」

ー夏目漱石がI love youを、月が綺麗ですねと訳したという都市伝説を思い出す。

桜が好きだ。でも、I love you なんて言えるわけない。ー

「日本にも、空にはとっても綺麗な月が出ています。」

桜が答えたその時。


その時、近くで3発の銃声と、人の叫び声。

「チョール!。」(泥棒!)

「カタール!。」(人殺し!)

「ポリスコ ブラオ!。」(警察を呼べ!)


「行くぞ。進藤。人殺しだ。」

サツキは既に駆け出している。

俺も慌てて電話を切って後を追った。


一瞬で集まった野次馬をかき分けて前に出ると、男が血を流してゴミだらけの道路に倒れている。

「あれ、日本人?。大丈夫か、今、救急車を呼ぶ。」

サツキが男の頭を抱えて抱き起こす。

「ツキ ガ キ」

男はそれだけ言って、息を引き取った。

男には3発の銃弾が当たっている。


「フリーズ。」

地元の警官達が銃をこちらに向けて叫んだ。

「メ ジャパニーズ ヘイン。ジャパン エンバシー コ フンカレ。」(俺は日本人だ。日本大使館に連絡してくれ。)

サツキの言葉に殺気だっていた警官達が落ち着いてきた。


「キス ネ イス コ マラ?。」(誰が殺した?。)

警官がサツキに尋ねた。

「パタニ?。キスィ ネ デカㇵ?」(解らない。誰か見たか?。)

サツキは大勢の野次馬に顔を向けて大声で尋ねた。

結局、黒い服の男がバイクで逃げたと言う目撃者が何人か出た。

ヘルメットで顔は解らないと、皆が言った。


警官が殺された男の所持品を調べると、身分証明書がでてきた。

舘山寺豊48歳、日本カラチ領事館勤務とあった。


警官が連絡すると、領事館の三十歳ぐらいの事務員が到着した。

舘山寺の死体を見て、事務員は立ち尽くした。

「舘山寺さん。どうして?。何故こんな事を?。」


事務員は白石と名乗り、俺達を見て、訝しげな表情を隠さなかった。

「観光客です。たまたま、近くにいたので。舘山寺さんはお気の毒でした。舘山寺さんは最後に『ツキ ガ キ』と、つぶやきました。何かこの言葉に心あたりがありませか?。」


「いえ、ツキガキという人物に心当たりはありません。その人物が犯人なんでしょうか?。」

「さあ、でも、ダイイングメッセージには違いない。目撃者の証言では黒い服の男がバイクで逃げたそうですが。」


「強盗でしょうね。この国ではよくあるんです。何もかもが、日本とは違いすぎる。日本では考えられない事ばかりだ。」

白石は、パキスタンに嫌気が指しているようだ。

「いえ、財布も携帯も取られていません。」

サツキは白石の仕草に気を取られているようだ。

白石は無意識だろうがしきりに手を服にこすりつけている。

ー潔癖症か?。緊張した時に出る癖なのか?。ー

「抵抗されて、思わず殺してしまい、誰かが来たから慌てて何も取らずに逃げたかもしれませんよ。」

白石は強盗と言う結論にこだわっているようだ。

「まあ、そういう事もあるでしょうね。」


蒸し暑いし、血と、土埃と、排気ガスの匂いが強烈に鼻をつく、服も汗で湿っている。

今日も、夜でも38℃、日中は40℃を超えていた。


殺人事件に遭遇したショックで、一時的にマヒしていた感覚もどってきたらしい。

ー別に始めての殺人現場でもないのにな。ー


警官が俺たちのほうに歩いてきた。

俺達は、パスポートを見せ、滞在しているホテルと連絡先を聞かれて解放された。


数日後、殺された舘山寺氏の通夜が行われると言うので俺達も顔を出した。

場所は某ホテルの日本レストラン。


通夜に顔を出したのはほとんどが日本人で、数人のパキスタン人はカラチ日本領事官での仕事仲間のようだった。


「白石さん、舘山寺氏のご家族に、お悔やみをしたいのですが。何と言っても、彼の最後に立ち会ったので。」


白石はサツキを喪服の若い女性の所に連れて行った。

「舘山寺さんの娘さんです。」

「サツキと言います。舘山寺氏が亡くなった時、たまたま近くにいて、彼の最期の言葉を聞きました。」

「父は何と?。」


「『ツキ ガ キ』と、言った様でした。」

「つきがき?。どういう意味でしょう?。」

「さあ、これがダイイングメッセージなら、犯人の名前、あるいは、重要な意味のある地名とかなんでしょうが。」


「ダイイングメッセージ?。父は強盗に襲われたと、聞きましたが?。」

「そうかも知れない。だって、『強盗に襲われた』が一番簡単ですから。」


若い女性は首をかしげて、訝しげに俺達を見た。

「あなた達は一体?。」

サツキに話させておいたら、俺達の印象が悪くなると思い、俺が変わって話しだした。


「俺達はK大学の学生です。卒論の関係でカラチに来ました。コイツはサツキ。ミステリーオタクで中東オタク。変人ですが悪い男じゃないです。俺は進藤。お父様は本当に残念でした。」


「コイツは自分の事に関して説明不足なんです。進藤は卒論より、最近やっとできた彼女が気になって、日本にビデオコールばかりしてるんです。後、アニメオタクなのも追加しておきます。」

サツキが俺を指さして小声で彼女に囁いた。

俺が真っ赤になったのを見て、若い女性は俺達への警戒を解いたように見えた。


「私は桔梗です。舘山寺桔梗。私もS大の学生です。よかったら、明日、このホテルのロビーで会いませんか?。」




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