第14話 100年後の道具に興味津々



 次の日の朝食も、ジルヴァラの甲斐甲斐しいお世話によって食事を終えたティウは遠い目をしていた。


「ジルお兄ちゃんの甲斐甲斐しさに慣れたらダメな大人になりそう。あれ、そういえば私もう大人では……?」


 中身は十六歳だが、三年分の記憶喪失と共に、そこからさらに百年も寝ていたので時間の感覚などどこにもない。


「でも実際は百十九歳……これはもう介護なのでは……?」


 自分で言って落ち込んでしまう。

 精霊科に属するものからエルフ族にいたるまで、基本長命種族は大体百歳を超えると成人となる。

 今日もジルヴァラに抱えられて落ち込んでいると、なぜかジルヴァラは問題ないと自信満々に言った。


「ティウは成長が遅いから大丈夫だ」


「それは遠まわしに介護じゃないって言いたいんですかね……?」


 そんな事を言い合いながら向かった先は、ティウお目当ての本屋だった。


 百年前の本は、「超」が付くほどに高級品だったが、今や当たり前に売られていると聞いてティウはわくわくが止まらない。

 中には不揃いで色の悪い紙を束ねて紙に判を押しただけの物もあったり、廉価版から革表紙の高級品と一括りに本とはいえその種類は幅広いようだ。


「料理の本、あるかな!?」


 早く行きたいが道が全く分からない。さすがに本屋の場所はジルヴァラも分からないので、人に尋ねながら本屋を探し、ようやく到着した。


 日に当たると紙が痛むからか、ちょっと高級店のような店構えをしている店のドアを潜ると、ドアベルの音がした。そして奥の方から店員の「いらっしゃいませ」という声が聞こえてきた。


 目の前に広がった本の山に、ティウの目はらんらんと輝いた。


「全部欲しい!」


「それはさすがに落ち着け」


 抱っこされたままでは満足に身動きが取れない。「下ろして下ろして」とティウがじたばたと暴れると、ジルヴァラから苦笑された。

 自由になったティウは一目散に植物図鑑と料理のレシピ本をピックアップし、どれを買おうかと頭を悩ませていた。


(図鑑だけでもこんなに種類があるなんて……!)


 百年前は羊皮紙が当たり前だったのに、本屋に来るまでの道中、さまざまな場所で紙を見た衝撃が脳裏に焼き付いて離れない。


(来る途中も「チラシ」っていうのをもらっちゃったし、紙って高級品じゃなくなったんだ)


 紙を宣伝に使うなんて、ティウからしてみれば青天の霹靂だ。触ってみたら羊皮紙と手触りも重さも違っていて、原材料から気になるしで楽しくて仕方がない。


「色も付いてるって凄くない!?」


 チラシを見たティウの目は輝いていた。それを見たジルヴァラは、そこからかと苦笑した。


 十冊目の本を手に取ろうとした時だった。店内で簡易な革手帳を見つけたティウは、それに釘付けになった。

 それは束にした紙の真ん中を紐で綴じ、二つに折りたたんだだけのものだった。

 表面だけ鞣された革が使われている。この革に紙を挟み、一緒に綴じられているという旅行者用向けの代物らしい。


(旅行手帳……?)


 特別な何かを感じたティウの目は、その手帳から目が離せない。


「これ買う!」


「なんだ、それ?」


「これ、旅行手帳って言うんだって!」


 旅の思い出を挟んだり書いたりするものらしい。ティウはいそいそと本と手帳の代金を支払うと、さっそくその場で先ほどもらったチラシを挟んだ。


「糊で貼ったらどうだ?」


「のり?」


「あ~……昔はなんて言ってたんだ? こう、物と物をくっつけるベタベタした液」


「にかわ?」


 ティウが首をこてんと傾げる。ジルヴァラが「……たぶん違う」と言うと、話が聞こえていたのであろう店員が教えてくれた。


「小麦粉を煮て作る接着剤ですよ」


「えっ、小麦粉!?」


 何それと夢中になってしまうのは仕方がない。大切な食べ物である小麦を食べる以外の用途に使うなんて発想は、百年前には考えられなかった。


「それで紙と紙をくっつけるんだ。ノアのじーさん達が使っているのは見ていたが、俺もどんなものが材料かは知らなかったな。小麦粉だったのか……」


 賢者の一族は魔力で遺伝書録アニマリベルに記録してしまうので、紙と羽ペンのようなものはほとんど使わない。

 今では手紙の封にもこの糊が使われるそうだ。百年前は封蝋といって、蜜蝋を使っていた。

 昔使われていたものが、逆に今では高級品らしい。


「そうだ! 羽ペンとインクも買います!」


 ティウが店員にそう宣言すると、店員はどこか戸惑っていた。背後でジルヴァラがその理由を教えてくれる。


「ああ、それなら万年筆というのがあるぞ。今は鉛筆という木炭が主流で、羽ペンは高級品になっている」


「えーー!!」


「ノアのじーさんが羽ペンにインクをいちいちつけるのが面倒くさいと万年筆を作ったんだ。ここにも売っているとは思うが……」


「じーちゃーーん!」


 面倒くさいっていう理由だけでそんな物を作るなんてと思ったが、いつもの事だったとすぐさま納得してしまう。


「万年筆ってありますか!?」


 ティウがらんらんと輝いた目で聞けば、店員は笑いながら万年筆を持ってきた。


「インクのお色は如何いたしますか?」


「インクに色……?」


 黒以外のインクの色を知らないティウは目を瞬かせる。

 万年筆とは、ペンの中にインクを仕込んだものだった。インクの色を確かめるために試し書きをしていると、どこか既視感があった。


(あ、遺伝書録アニマリベルを書くときに使う魔力のペンと似てるんだ)


 遺伝書録アニマリベルのインクは術者の魔力なので、羽ペンを使う時の様にインクにつける必要がない。

 それに慣れてしまっていたノアが、面倒くさいと言って作ってしまったのだろう。


(じーちゃんらしい~)


 少し呆れながらもインクとにらめっこをして、茶色のインクに決めた。


「最初は茶色ですが、このインクは経年変化で黒に変わっていきますよ」


「何それかっこいい……!」


 どういった仕組みでそうなるのだろうか。キラキラした目をしながらインクが入った瓶を両手に持ったティウが感動する。


 そんな経年変化など、時が止まっている遺伝書録アニマリベルでは味わえないから尚更だった。


(百年の進化すごい!)



 ティウは満足いくまでさまざまな物を買い込んだ。

 ほくほくになっていると、ジルヴァラが提案してきた。


「いい時間だが飯はどうする? それとも頭が重いなら一度宿に戻るか?」


 ティウは本屋で買い込んだ大量の荷物を見て「あっ」と声を上げた。


「人が多い所で荷物を無限時空袋に入れたら危険だよね……宿に戻る?」


「分かった。ついでに記録したらどうだ?」


「そうする!」


 丁度良いからインクの経年変化も書録に記録されているかもしれないと、ティウ達は一度宿へと戻ることにした。

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