第8話 はじめての治療じゃない行為

 ヒナミは未だぷりぷりしているが、とにかく全員の能力は把握できた。

 この感じならこの街で冒険者としてやっていけるかもしれないな。


「どうだ、おっさん。俺たち勇者のチカラは!」


 コウキが満足気にそういうと、ダイスケもニヤついた顔をして同意をする。


「ああ、みんなの力を合わせれば魔王討伐なんて簡単だろうな」

「僕はさっさと元の世界に帰りたい。早いところ向かいましょう」


 セキヤに至っては今すぐにでも魔王討伐へ出発したい、といった雰囲気だ。

 こいつらは俺がいったことを聞いてなかったのだろうか。


「あのな、お前ら。洞穴でもいったが、魔王の討伐は許さないからな」

「ふざけんな! 俺らは魔王を倒さないと帰れないって女神にいわれて……ああ、そういうことか」


 コウキは何かに気付いたようで、勝手に納得をしている。


「……つまり、強大な力を持っている俺たちに帰ってもらったら困るってことだろ」

「は、飼い殺しにしようってことかよ!?」


 コウキの推論を聞いてダイスケが激昂しているが、まるで的はずれだ。

 これ以上勘違いされる前にちゃんと伝えておくとするか。

 

「この際だからハッキリいっておくぞ。異世界人ってのはな、この世界の奴にとっちゃ——異物ゴミでしかないんだよ」

「なんだと? そりゃ異物ではあるだろうけど……ゴミはさすがに言い過ぎだろ!」


 ダイスケはあまりの言われように我慢できなかったようで、固く拳を握っている。

 でも本当のことだから仕方がない。


「そもそも魔王を倒しに来た勇者だとかいってたがな、この世界は魔王に支配されたりなんかしてないんだ。それどころか、今代の魔王になってからはより安定した善政を敷いているそうだ」

「は、話が違うじゃねえか」


 コウキは動揺した顔をしてそう呟いた。

 珍しく突っかかってこないところを見ると、かなりの衝撃を受けているようだ。

 

「そもそも俺たち人族と、魔族はお互いに不干渉の誓いを立てている」

「じゃあアタシたちが魔王を倒そうとすれば……」

「ああ、間違いなく世界は大混乱に陥るだろうな」


 ようやく状況を飲み込めたのか、勇者たちの顔は深刻さを深めている。


「で、では僕らはどうやって帰ればいいんですか?」


 セキヤはずり落ちてしまった眼鏡を直そうともせずに聞いてくる。

 これは少し言いにくいが、隠しているわけにもいかないだろう。


「おそらく、もう元の世界には帰れない」

「ッ!」


 これにはコウキ、ダイスケ、セキヤ、ハナムラにレイカ、それからヒナミまでもが顔面を青くした。

 そりゃそうだ。彼らにとっては、今の今までちょっとした旅行気分だったんだろうから。


「そんなこと……信じられるかよ! 嘘だ、デタラメだ!」


 コウキが目を見開いて叫んだ。

 目尻にはわずかに涙をためているようにも見える。


「……確かに絶対はない。もしかしたらなんらかの帰還方法はあるかもしれないな」


 俺は荒い呼吸を繰り返すコウキを落ち着かせるように、優しくそう伝えた。

 そういえばコウキは耐性の数字が小さかった。それがこういう部分に出ているのかもしれない。


「まあ、その方法を探すにしてもしばらくはこの世界で暮らすほかないだろう」

「え、二次元のないこの世界で暮らす……? レムたんとラムたんに会えないじゃないか……」


 ハナムラは呆けた顔をして、何かをぶつぶつと呟いている。

 会いたがっているレムタンとラムタンとやらは彼女の名前だろうか。


「とりあえず全員で冒険者登録でもしてこの世界に慣れてみないか? 生活していくには働いて金を稼がないとな」

「冒険者……働く……?」


 コウキが絞り出すようにそう呟いた。

 他の奴らは出せる声もないようで、立ち尽くしている。

 まあ急に将来を決めろというのは無理があるか。


「一通り能力を見させてもらって、なんとか戦えそうだったから冒険者を勧めたが、別に就きたい職があるなら伝えてくれれれば善処する」

「…………」


 選択する余地を与えても勇者たちは考え込んでいるのか、声を発しない。


「まぁゆっくり考えてくれ。しばらくはこのギルドの二階に部屋を用意してやるからな」


 俺はそう告げると、訓練場に目をやった。

 セキヤの『チート』とやらで半分近くが黒い染みに汚染されてしまっている惨状には、ため息をつくしかない。

 魔素を操作することで汚染の進行こそ止めることはできたが、既に変質してしまったものについては俺のチカラじゃどうにもできないからな。

 掘って土を入れ替えるしか――。


「ねぇ、私が戻してあげよっか?」


 それは、帰り道に耳元で何度も聞いた声だ。

 

「ん、ヒナミか。お前の『チート』は……≪献身≫だったか。直せるのか?」

「うん、できる……と思う」


 見ててね、というとヒナミは黒く汚染されている訓練場の地面に手をついた。


「えいっ」


 可愛らしくそう掛け声を発すると、効果は覿面だった。

 まるで時間が逆戻りしているかのように、汚染されていた地面が浄化されていく。

 それどころか、ぐずぐずになってしまった鎧さえも元の形へと戻っていく。


「おお、これは凄いな」

「はぁ、はぁ……。アスラさんの、役に立てたなら、良かっ……た」


 ヒナミは苦しそうな笑顔でそういうと、ふらりと地面へ倒れ込んだ。

 慌てて駆け寄りその体を支えたが……体内に魔素が急に溜まってしまっている。


「このままじゃマズイな」


 俺はヒナミを抱きあげると、訓練場の階段を登る。

 登りきるったところにはライロがいて、ギルド職員と話していた。

 ちょうどいい。


「すまん、ライロ。下にいる奴らの面倒を見ておいてくれ」

「それは構わんが……っておい、その娘は! もしかしてあれか?」

「まだ大丈夫だ」


 俺はそう短く答えると、ヒナミを抱えたまま自室へと戻る。

 はしごは二人の重さに悲鳴を上げたが、どうにか耐えてくれた。


「おい、意識はあるか?」


 床に転がしただけの硬いマットにヒナミを寝かせると、そう問いかける。


「う………ん」

「今から、お前の意にそぐわない事をする。これは治療行為だと思って我慢してくれ」

「また、キス……する、の?」

「っ⁉︎」

 

 やはり、あの時ヒナミは意識を取り戻していたのか。


「……そうだ。お前の体にある魔素を吸い出さなくちゃならん」

「そっか……ありがと。キス……して、いいよ」


 ヒナミはそういうと、目を閉じて顎を上げた。

 少し緊張しているのか、口元に力が入っているように見える。

 そんなに緊張されると、俺まで変な気持ちになっちまうんだが……これは治療、治療のためだ。


「いくぞ……」


 俺はヒナミに覆いかぶさると、柔らかいピンクの唇に吸い付いた。


「んっ」


 ヒナミは痛みもあるのか、時折切ない声を漏らしている。

 大丈夫、俺が全部吸ってやるからな。


 ようやく全部吸い切ると血色がよくなったのか、ヒナミは頬をピンクに染めている。

 息が荒いのはきっと、苦しかったのだろう。


「よし、これでしばらくは大丈夫だろう」

「ありがと、アスラさん」


 ヒナミは潤んだ目で礼をしてくれた。

 嫌すぎて泣いてるわけじゃないだろうな。

 

「また魔素が溜まっちまったら、その……しなくちゃならないんだが」

「うん、分かってる」

「そうか、良かった」


 そんなことされるくらいなら死んだ方がマシなんて言われたら困っちまうからな。

 とりあえず拒否されなくて安心した。


「私ね、初めてだったの……」

「え? あ、あぁ……すまん。でもこれは治療行為であって……」

「だからさ、アスラさん……責任とってよね?」


 ヒナミは意地悪そうな笑みを浮かべてそういうと、手を伸ばし俺を引き寄せる。

 そして今度は治療行為じゃない――本物のキスをした。

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