第7話 おかしいのは頭だろ

「ほら、これで俺のステータスを見りゃいいだろ? おっさん」

「おっさんって……俺はまだ25だ」


 とはいえ10代半ばを過ぎたくらいであろう彼らから見ればもうおっさんなのか。

 もしかしたら見た目が年齢より老けて見えるのかもしれないな。

 ちょっと悲しい気分になりながら、コウキの能力を確認させてもらう。


———————————————

 ヤマシロ コウキ(17)

 ロール:勇者

   力:33

 素早さ:26

  魔力:35

  耐性:6

  神力:≪爆炎≫

  神格:タルウィの加護


 ≪パーソナルデータ≫

  家族:父、母、姉

  視力:1.0

 

 ええっとそれから握力、背筋力……ってもういいか。

 その下にもコウキの情報が細かくずらっと並んでいる。

 やはりこれじゃ他人に自分の全てをさらけ出しているようなもんだろ。

 もしかしたら異世界チキュウでは個人情報なんて晒すのが当たり前なのかもしれないが。

 

 そもそも自分の身体能力が数値化されている意味が俺にはよく理解できない。

 神力というのはおそらく、彼らが『チート』とかいっていたものなのだろうが……。


「他のやつも同じことができるのか? それなら見せてくれ」


 魔道具じゃここまで詳細な能力値はわからない。

 なら、今はそれを利用させてもらうことにしよう、そう考えた。

 それぞれが得意気に「ステータスオープン」と口にすると、各々の目の前に数値が表示される。

 

「俺は力と素早さが高くて魔力が低い戦士タイプだな」

 

 浅黒い肌に黒髪の板にはキタジマダイスケとある。神力は≪枯渇≫か。

 確かに数字を見る限りは力が強いようだが、それは筋肉の状態を見るだけで分かることだ。

 

「僕は魔法に特化しているようです。まあ体を動かすのは苦手ですから当然かと」


 癖なのか、眼鏡をくいっと上げながら喋るのはセキヤジュン。

 魔力という数値が高くて、他は軒並み低めになっている。

 神力は≪汚染≫……なんだか不穏な響きだな。


「じゃあ、自分のチートも見てクレメンス。ぐふふ」

 

 太り気味で妙な言葉遣いのハナムラはシュウキという名前らしい。

 全体的に能力は低めだが、なぜか耐性だけは飛び抜けて高い。

 神力は≪誘導≫という何に使うのかよく分からないものだ。


「はぁ、アタシはこんな感じー」


 金髪女はイチノセレイカ。

 能力はバランスが良く、意外にも平均値は一番高い。

 神力は≪魅了≫か。こりゃあまりお近づきになりたくないな。

 そして最後は……。


「はい、アスラさん。恥ずかしいけど……見ていいよ」

 

 シラサワヒナミ、17歳。俺とは8つも歳が離れていたのか。

 ≪献身≫の神力を持っているのはいいとして、それよりも他の数値が問題だ。

 なんと全ての項目が1しかない。

 さらにヒナミには『呪い』という状態が記載されている。

 これは魔素中毒を表しているのか。異常に数値が低いのもそのせいかもしれない。


「よし、全員の能力は分かったから消していいぞ。それから人前ではそれを出さないでくれ」

「なんでだよ!? カッコイイだろうが!」


 コウキが唾を飛ばしながら突っかかってくる。


「だってそれ、周りに情報がダダ漏れだろ」

「別にいいんじゃないですか? 僕たちは勇者ですし、他の人より能力値も高いはずですからね」

 

 いや、こっちの奴らは自分の力を数値にできないから比較のしようもないんだが。

 もしかすると異世界チキュウの勇者は、自分にどのくらいの力があるのか数値を見ないと分からないのか。

 

「いや、大事なのは数値そこじゃない。お前らが魔王を倒しに来た≪勇者≫だってのが問題だ」

「は? 勇者ってのを見せびらかしてひれ伏せさせんだろうが」


 やっぱりコウキはそんなロクでもないことを考えていたのか。

 

「そんなことをしたら命を狙われるぞ」

「ええっ、なんでよ? だってアタシたち勇者なのに……」


 命を狙われるという衝撃発言に、当事者たちは目を見開いて驚いている。


「僕らはせっかくこの世界を救いに来てやったのに……」


 それが驕りだということにどうして気付かないんだ。こっちからしたら余計なお世話だっての。

 もう百年以上も安定している世界のバランスを、なぜわざわざ壊されないといけないんだ。


「まあいい、じゃあ次はお前らのいう『チート』ってやつを見せてもらいたいんだが……」

「ではまずは僕が見せましょうかね」


 セキヤが前に出て来て、自信満々にそういった。


「使い方はわかるのか?」

「ええ、なんなくこうすればいいってのは分かりますんで。あそこに並んでいる鎧人形に当てればいいんですかね?」


 確かセキヤの『チート』は≪汚染≫だったはずだ。

 どんな能力かわからないが、遠距離攻撃も可能なのか?


「ああ、とりあえずやってみてくれ」


 そういうと、セキヤは精神を集中するかのように目を閉じ、そして放った。

 突き出した手のひらから射出された魔素の塊は的へ向かっていって——命中。

 

「ん、何も起こらねえじゃん。セキヤの『チート』はハズレか?」


 コウキがニヤニヤしながら煽るが、セキヤはそれを鼻で笑い返した。


「ふっ、これからですよ」


 セキヤの能力が命中した鎧人形は、内部から黒い染みを広げはじめた。

 まず鎧の中に詰められている藁が黒く溶け、べちゃりと地面に落ちた。

 やがて鉄の鎧までもが黒く変色し、ぐずぐずと崩れ落ちる。

 さらに染みは地面を這うように広がっていく。

 このままだと訓練場の全てがあの染みに汚染されてしまいそうだ。


「よし、もう止めていいぞ」

「止めろといわれても……自分じゃどうにもできないんですが?」

「……は?」


 自分で制御できない強大な力か、そりゃとんでもない。

 俺はため息をついて黒い染みの中心へと走る。


「なるほど、これは触れたものを変質させる能力って感じか……?」


 俺はぐずぐずになった鎧人形に触れると、そう分析する。

 それから魔素を操作して変質を上書きすることで、ようやく汚染は止まった。


「貰ったばかりでこんな威力って、おかしいだろ……」


 改めて見ると、訓練場は半分ほどが黒い染みに侵食されている。

 どうやら染みは触れたものに感染するような特徴を持っているようだ。


「おかしいって僕の『チート』が弱すぎるって意味ですかねえ?」

「何を言っているんだ。本気でそう思うなら頭もおかしいんだろうよ。どうみても大惨事だろ」

「ぐっ、それは……確かに……」

「能力を鍛えたわけでもなく、ただ貰っただけでいきなり出せるような力じゃないって意味だ」


 俺の持っている天啓シュルティだって、最初は大した効果がなかった。

 それを血の滲むような鍛錬で、ようやく万能に近い能力まで磨いていったんだからな。

 

「とにかく、自分で制御できるようになるまでは絶対にその『チート』を使うな。ひとつ間違えればすぐ人殺しになるぞ」

 

 俺がそう忠告すると、セキヤはうなだれながらも頷いた。

 人殺しという言葉が刺さったのかもしれない。


「よし、じゃあ次は俺が見せてやるよ」


 ずいと出て来たのはコウキだ。

 しかし彼の貰った能力は既に森の中で見させてもらっている。


「いや、お前のは見たからいい。じゃあダイスケのを見せてくれ」

「ああ、わかった。けど俺の『チート』はあの人形には使えそうにないんだが」

「そうか、じゃあ俺に使ってみろ」

「は? 勇者様の『チート』だぞ? おっさんなんかが食らったら死んじまうだろ」


 はぁ、たまたま能力を貰っただけのガキになぜ上から目線でイキがられなくちゃいけないんだ。

 こっちがどれだけの鍛錬をしたと……まあいい。


「《枯渇》だったか? とにかく使ってみてくれ」

「どうなっても知らねぇからな⁉︎」


 ダイスケはおもむろに手を伸ばすと、俺の手首をがしりと掴んだ。

 さて、ここから何をするんだろうか。


「ハァッ!」


 なるほど、体内の魔素に干渉しているのを感じる。

 これは……デバフ系だな。相手の戦意や能力なんかを低下させられるのか。

 生命力が低い存在ならこの能力だけで命すら枯らせることもできそうだ。


「あ、あれ……?」

「なるほどな、なかなかの能力だった。俺じゃなかったら確かに死んでいたかもしれん」


 ダイスケは納得がいかないのか、自分の手のひらを見つめながら口を噤んでいる。


「次は自分ですな!」


 ハナムラの≪誘導≫は念力のようなものだった。

 いきなり訓練場に転がっていた剣を飛ばして来たから、かわしてゲンコツを落としておいた。


「アタシのは言葉の通りなんだけど……使ってみるぅ?」


 イチノセがスカートの裾を上にひっぱりあげながら、甘い声を出す。

 俺がそんなガキの色香に惑わされるわけが……く、なんてすべすべでけしからん太ももなんだ。

 っと、いかんいかん。これだから精神に干渉する能力は苦手なんだ。


「お前、こっそり使ってただろう」

「え、よく分かったね! もしかしてアタシを抱きたくなっちゃった?」

「はっ、しょんべん臭ぇガキの体なんて興味ねえよ」


 思わず興奮しかけた自分に腹を立てながらそう吐き捨てると、なぜか後ろから「えっ……」という悲しそうな声が聞こえた。

 その声の主は——。


「じゃあ最後は私ね。癒やすことができます、はい終わりっ!」


 なぜかヒナミはちょっと怒っているようだった。

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