第3話 自称勇者たちとの邂逅

 遭遇した魔物の倒し方を二人に教えながら、ひたすら森の中を進んでいた。

 木々の根に足を取られないよう気をつけて、顔をくすぐる枝葉をかき分ける。

 獣道のような道をどうにか進むと、ようやく開けた場所に出た。


「よし、着いたぞ。ここが目的地のホルダード湖だ」


 底が見えるほどに透き通った小さな湖は、どちらかといえば泉に近いかもしれない。

 そんな湖の中心には、古めかしい祠が建っている。

 屋根にくっついている黄金の天秤は、女神教のシンボルってやつらしい。

 この湖を女神の泉と呼ぶやつがいるのは、アレが理由なんだろう。

 俺は宗教に疎いからよく分からないが。


「おおっ……」


 エルは黄金の天秤それを目にすると、膝を折って祈りを捧げはじめた。

 女神教は大陸最大の宗教なので信者も多く、こういう場面を見掛けることは決して珍しくない。

 そんなエルとは対照的に、リオンはまるで反吐が出るとでも言いたそうな顔をしている。

 まあ女神教は教義からして亜人を下に見ているところがあるから、当然かもな。


「じゃあ俺は拾う予定のゴミを探してくるから、その間に二人は『ハロウト花』を採取しておいてくれ。あの辺りに生えてるからな」


 ハロウト花の群生地をおおまかに指し示すと二人が頷いたので、俺は一人で湖の外周を回ることにする。

 

「んー、ゴミはこの辺りにはずなんだが……」


 ゴミ——つまり異世界からこの世界へ迷い込んでくる人は数百年前からいたそうだ。

 というか、俺の先祖がまさにそのゴミだったって話なんだが……正直実感はない。

 ただ、空気中に漂う魔素が肉眼で確認できるのはご先祖サマ譲りなんだとか。

 ちなみに異世界人はもれなく魔素を多くまとっているので、流れを辿れば——。


「こっちか」


 湖から少し離れた場所に、小さめの岩山があった。

 前に来た時は気が付かなかったな。

 どうやらお目当ては麓にぽっかりとあいた洞穴ほらあなの中にいるようだ。

 

「おーい、誰かいるか?」


 洞穴の外から声を掛けると、中からゴソゴソという音が聞こえてくる。

 良かった、どうやらここで間違いなかったようだ。


「おお、人じゃん! ようやく助けが来たらしいぜ」

「ほらね、だからアタシは大丈夫だっていったでしょ!」

「まあ僕は心配なんてしてませんでしたけどね」

「せっかく勇者になったのに遭難ENDとか冗談はやめてクレメンスって感じでしたからね。ぐふふ」

「うっせーブタ。次くだらねえこと言ったら焼豚にすんぞ」


 うす暗い洞穴の中から、どんどんゴミが溢れてくる。

 おいおい、一体何人居るんだよ。


「はーいどうも、異世界人サン。アタシたちはチキュウから来た勇者で〜す」

 

 先頭に立つ金髪の女が、どこかふざけた笑みを浮かべながら手を挙げた。

 他の数人は全員男で、彼女へ従う従者のように背後からこちらの様子をうかがっている。


「勇者……?」


 何を言っているのかよく分からないが、まあいいか。

 まずはいつものように体内の魔素を確認させてもらうとしよう。


「やだぁ、この人アタシのコトじっと見てくるんですけど〜」

「いや、俺のことも見てるって! おいおい、そっちの気はないぜ!?」

「目が光ってますね……まるでファンタジーです」

「ファンタジー! キタコレ!!」

「はい、お前はあとで焼豚決定な」

 

 はぁ、こういう連中は一人だと押し黙ってるくせに群れると途端にうるさいんだよな。

 ともあれ、どうやらこいつらは全員良さそうだ。

 

「ここにいる五人で全部か?」

「いいや、もう一人いる。この世界に来てから調子が悪くてな……中で寝てるぜ」


 髪の上部が金で、短く刈られた襟足が黒いという妙な髪色をした男が洞穴を指さす。

 この世界に来てから調子が悪い、それを聞いた俺の心臓はチクリと痛んだ。

 

「分かった。ちょっと診させてもらうからな」


 洞穴へ足を踏み入れると、中は妙にひんやりとしていた。

 ぽっかり空いた穴は奥の方まで続いているようだが、暗くてよく見えない。

 入口にほど近いゴツゴツとした岩の上には服が敷かれており、その上に女が寝かされていた。

 彼女は大量の汗を流し、はぁはぁと苦しそうな吐息を漏らしている。


「くそ、これは……」


 体内の魔素を視るまでもない。明らかに彼女は魔素中毒だ。

 魔素を過剰に吸収してしまう体質の異世界人。

 つまり彼女は——俺が殺すべき存在。


「しかし、さすがにこの状況で殺るのはマズいか」


 俺は背負った革袋から水筒を取り出すと、彼女の口に流し込んだ。

 殺す必要があるだけで、苦しませたいわけじゃないからな。

 これで少しは楽になるといいが。

 彼女の喉がこくりと小さく鳴るのを見届けてから、ひとまず洞穴の外に出た。


「ヒナに変なことしてないでしょうねえ?」

「……。俺はアスラという。お前たちを拾いに来た」

「ああ? 拾うってなんだよ。あんま舐めた言い方してると世界を救ってやらねぇぞ?」


 先程の変な髪色の奴がニヤニヤした笑みを貼り付けながら、俺の胸をつついてくる。


「世界を救うって……一体何を言っているんだ?」

「はぁ、お前みたいなモブにはわっかんねーか……俺たちはな、女神に『世界を救ってくださいませ勇者様♡』ってお願いされて来たんだよ」

「そうですぞ! その証拠に……ぐふゅ、チ……チートも貰いましたからねぇ」

「おいブタ、コウキが喋ってんだ。割り込んでぐふぐふ言ってんじゃねぇ!」


 浅黒い肌の男が、太っている男の尻を思い切り蹴飛ばした。

 どうもあまり関係性は良くなさそうに見えるが……。


「お前たちは知り合いなのか?」

「アタシらは知り合いっつーか、クラスメイト。同じガッコーに通ってんの」


 ガッコー……ああ、学校だな。

 つまり同じ異世界から同じ世代のやつが同時に六人も堕ちてきたってことになるわけか。

 それに加えて女神から使命を受けているなんて……こんなのは初めてだ。

 

「そういえばお前、さっきなんと言っていた? 女神の言葉を正確に教えてくれ」

「めんどくせぇからパス。何度も言わせんなよ」

「いやコウキ、さっきのはちょっと違ったぞ。正確には『魔王を倒して世界を救ってくださいませぇ勇者様ぁん♡』だ。あの子は濡れた瞳で俺を見つめながらそういってたぜ。思い出したらちょっと勃ってきたわ」


 浅黒い肌の男は、下卑た笑顔のまま下半身を抑えている。

 そんなことはどうでもいい。それより——。


「魔王を倒して……だと?」


 そんなことをしたら人族と魔族のバランスが崩れてしまうだろうが。

 長い人魔戦争の果て、三百年前にようやく結んだ『不可侵の契』。

 それを破らせるつもりなのか。


「いや……やっぱりダメだ。魔王の討伐はさせられない」

「は? お前の許可なんて要らねぇだろ。こっちは女神に頼まれてんだ。そもそも倒さなきゃ元の世界に帰れないんだとよ」


 変な髪色のコウキと呼ばれていた少年は、何か勘違いをしているのだろうか。

 魔王を倒せば元の世界に帰れるなんて、そんな事はあり得ない。

 過去数百年で何人もの異世界人がこの世界へ来ているらしいが、帰ったという話など聞いたことがない。

 女神とあろう者が騙すような真似をして若者を唆すなんて、どうなってやがる。


「ねぇ何でもいいけどさ、とりあえず休める場所に連れて行ってくんない? アタシお風呂に入ってベッドで寝たいんだけど」


 どうする、いっそこの場で全員殺すか。その方が圧倒的に簡単で、面倒も少ない。

 しかし……それでは俺が処刑人アシャの任を弟に譲ってまでをしている意味がなくなっちまう。

 

 きっとあいつなら、ためらいなく彼ら全員を殺すだろう。

 あいつにとって異世界人はただの『異物』だから。そもそもあいつは殺すべき存在以外も全て殺してしまうから躊躇はないはずだ。

 つまり俺が直接殺さずとも、ここで彼らを拾わなければいずれはサルヴァ家ウチの者に見つかって排除される……それこそゴミのように。

 だったら俺はどうすればいい。俺は————。


「仕方がない……か」


 そもそも彼らは自分たちの意思でこの世界に来たわけじゃない。

 戻りたくても戻れない、まさに被害者でもある。

 ならせめて、殺す必要のないやつだけでも俺が拾ってやらないと。

 たとえ異世界人がこの世界の異物ゴミだったとしても、今までずっとそうしてきたんだから。

 

「それが俺の、曲げることのできない信念ってやつだろ……」

 

 俺は改めてそう再確認すると、ふと洞穴で苦しそうに眠っている少女のことを思い浮かべた。

 

 でも……それでも彼女だけは、ちゃんと殺さなくちゃな。

 それがゴミ拾いをはじめてしまった俺が、果たすべき責任なんだから。

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