気をつけて、15才のキスは切なくて甘い

味田 ノリオ

第一章 物語なんて始まらなければいい

第1話

 15才の頃、私は親友に片想いをしていた。



 子供の頃から、ずっと仲良しの女の子がいた。

 姫川心春ひめかわこはるという名前の娘だ。

 私と心春は幼稚園児の頃に知り合い、小学校中学校とほぼ同じクラスで、私立聖柊学園しりつせいしゅうがくえんを一緒に受験して、一緒に受かった。

 なんの取り柄もない、いたって平凡な女の子。それが心春の、自分自身に対する認識だった。

 成績は中の上。スポーツは、身体能力は高いけど球技はからっきし。ルックスは、親以外に褒められたことないけどけなされたこともない。性格は、よく言えばマイペース、悪く言えばてきとうでいい加減。可もなく不可もなく、それがあたしだ……と、彼女はよく言っていた。

 よく知らない人だったら、「そうかもね、確かに君は平凡な女の子さ」と頷いていたかもしれない。

 でも、ずっと隣にいる私は、そうじゃないって知っていた。彼女を平凡な女の子というカテゴリに入れるのは、わりと無理な相談だった。



「あたしと友香(戸成友香となりともかというのが私の名前だ)ってさー、平凡同盟だよねー。」

 中学生のとき、心春がそう言ったことがある。

「なにそれ。」と私が聞くと、

「お互い平凡でモテたりしないのにさー。いーっつも二人でばっかいるから、ますます出会いのチャンスがなくなってくっていう?」と心春が答えた。

「はいはい、そうですか。悪かったわね、私が四六時中隣にいたばかりに、いろどりに欠ける学生生活を送らせちゃって。」

「まあまあ、いいってことよー。平凡な人生も平穏で楽しいしね。それに高校生になったら、急にモテまくるかもわからんし?」

「ああ、そう。」

「ちゅーわけで、許してやんよー。感謝したまえよ?」

「うざ。」

 でも、私は知っていた。窓際の席の小林君が、しょっちゅう心春の横顔を盗み見ていることを。B組の高田君が、廊下ですれ違うたび、心春を目で追っていることを。

 彼女は冗談で言ったのだろうけど、私がべったり付きまとっているせいで、出会いの芽を摘んでいるのは確かだった。

 わかっていて、私はやっていた。



 オシャレに無頓着なだけで、心春は本当はきれいだった。甘いものが好きじゃないから体型がスラッとしていた。目は切れ長で美しかった。お手入れをサボるから、長い髪はボサボサだったけど、ていねいに櫛ですくとたちまち艶めき輝いた。性格はてきとうだけど大らかで、裏表がなく、根は優しかった。球技が下手で体育の成績はずっと真ん中くらいだけど、おじいさんから古武術を習っていて、腕を曲げたりとかする技をいっぱい身につけていた。

 姫川心春は平凡な女の子じゃない。

 いつか物語の主人公になるような少女だ。そう私は思っていた。

 しかるべきときが来れば、彼女に相応しい、めくるめく物語が始まるだろう。そうしたらきっと、心春は「平凡」の隠れ蓑を捨てて、その秘めた輝きを存分に発揮するだろう。本当に平凡な私を置いてけぼりにして。

 そんなふうに思っていた。ずっとずっと。


 わざわざ言うまでもないだろうけれど、私は心春に恋をしていた。


 けれど、彼女が私のことを、友達としてしか見ていないことも知っていた。なんでも知っている幼なじみだから、わかってしまうのだ。幸か不幸か。

 でもせめて、ずっと隣にいたかった。

 せめて一番の仲良しとして、肩と肩が触れ合う場所で、並んで歩いていたかった。それが私の願いだった。

 物語なんて始まらなければいい。そう願っていた。



 だから、高校入学初日、私は絶望した。

 ついにこの時がきた、そう思った。

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