第197話 崇拝者達
〈賢者ウィンストン・ヴォネティカット視点〉
おお、神よ。私の愛しい人よ。
もうすぐです。もうすぐで我々の悲願が達成されます。
私は都市庁舎の一室から出て、国王直属騎士団の団長アーサー・ルヴェツキより情報を得た。
──神よ、申し訳ありません……あなた様のお力添えでようやく事態が進行しそうです……
王都に強い魔力を有する者が入っていった。その者は王都に留まり、動く気配がなかった。それに気をそらされた私とスレイはここ都市イェレムの戦況が変わってしまったことに焦った。
あの強い魔力を有する者は陽動であり、その隙に都市イェレムを救うことが、ランディル・エンバッハの仲間達だと思っていた者の狙いだったのだ。
だが国王直属騎士団の団長アーサーを尋問した結果、魔の森方面に現れた者達について知った。ランディルの仲間、或いは古龍クリードの復活なんて専らの嘘っぱちであった。全ては王弟エイブルの落とし子セラフ・エンゲイルとその眷属達の仕業である。
ランディルが王都へ帰還した王女に攻撃を加えようとしたのは、遠くで様子を見ている私達を混乱させようとしたからではなく、純粋に化け物じみた魔力を有する王女と名乗る存在が偽物だと思ったからだろう。そしてその攻撃は王女の側にいた者に受け止められる。一瞬だけ性質の違う魔力を察知したが、あまりに一瞬過ぎたので我々はランディルの魔力かと錯覚してしまった。しかしその側近の魔力であることに我々は思い至る。
そして未だに消えない王都の大きな魔力に注意を向けられた我々は都市イェレムで起きた出来事の対処に遅れてしまったのだ。
だが、先程の尋問で全てがわかった。セラフは神や古龍クリードと同じような存在だ。そんな者が生まれてくるなど全くの想定外ではある──しかもセラフはエイブルの落とし子である──しかし風は我らに吹いている。インゴベルはそのセラフに激しい憎悪を寄せているのだ。これは神が仕向けた作戦であるに違いない。そしてセラフを討伐するための騎士団を向かわせている。私とスレイはこのセラフ討伐を実行する騎士団に付いていき、セラフに対する憎悪を騎士団全体に漂わせ、促進する魔法をかければ良い。
──そうすれば、事態は必ずや好転することでしょう……
私の心は喜びで溢れ、胸の内で温かな光が広がっていくようだった。長い年月、神のご意志に仕えるため、日々祈り、努力を重ねてきた。時には道を見失い、疑いや疲れに苛まれることもあったが、神の導きを信じ、歩みを止めることはしなかった。そして今、ついに神がお求めになることを成し遂げる一歩手前に立っている。
──この瞬間、心の底から感謝と喜びが湧き上がります。まるで暗闇を抜け、朝陽が差し込むような感覚です……
神の愛と信頼に応えられるという希望が、私の魂を満たし、震えるような幸福感を与えてくれる。
──ああ、神よ、あなたの望みを叶えるため、私を使ってくださり誠にありがとうございます……
この喜びは、自己の達成感を超えたものだ。神の計画の一部となり、その偉大な意志に寄与できること──それこそが私の存在の意味であり、最高の報い。涙が頬を伝うのも構わず、私は跪き、神に感謝の祈りを捧げる。まだ道のりは完全ではないが、この一歩が神の栄光を讃えるものであると信じ、心は希望と平安で満たされる。
私はスレイに冒険者ギルドの総本部にいるガーランドへ作戦の変更を伝えに行かせた。
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〈セラフの救った元欠損奴隷モリー視点〉
おお、神よ。私の愛しい人よ。
私の人生は、かつて暗闇そのものだった。全身の肌はただれ、赤く腫れたボコボコの傷跡が体中を覆い、人々は私を見ては顔を歪め、恐れと嫌悪の目を向けた。ある人は『怪物』と囁き、ある人は私を病原菌として扱った。その声や表情が耳に、目に刺さり、私の心をえぐった。友達も家族も寄り付かず、孤独が私の唯一の伴侶だった。
奴隷として売られる日が決まった時、絶望が胸を締め付けたと同時に、こんな私を奴隷商人は面白いと言って買ってくれたことに何だか嬉しさを感じた。だがその嬉しさは直ぐにかき消えた。
どこかの貴族に面白おかしく殺される。腕を欠損した私と同じ奴隷がそう言った。
もう終わりだと思った。価値のない存在、誰にも必要とされない惨めな私。そんな未来しか見えなかった。
でも、あの日、すべてが変わった。
セラフ様という、神の御使いのような美しい子供が現れた。輝く瞳と優しい微笑みをたたえたその子は、私や他の欠損を抱えた奴隷立ちを一人残らず買い取った。信じられなかった。
なぜ私を?
疑問が頭をよぎる中、セラフ様の手が私の誰も触れてはくれない肌に触れた。温かい光が体を包み、痛みも醜さも消え去った。両腕を見て、自分の頬を撫でた時、滑らかで健康な肌がそこにはあった。涙が溢れ、止まらなかった。奇跡だった。
セラフ様は治療だけではなく、私が夢にまで見た生活をくれた。温かいスープ、柔らかな寝床、笑顔で話しかけてくれる仲間達。もう人々は私を恐れない。目を背けない。心から笑える日々が、こんな私にも訪れるなんて。セラフ様への感謝は言葉にできない。毎朝目覚めるたび、胸の奥から熱い感情がこみ上げる。貴方は私の救い主、私の神だ。
夜、星空の下で跪き、セラフ様に祈りを捧げる。あなたの力で生まれ変わったこの体、この人生。
どうやって恩返しをすればいい? セラフ様の優しい声、穏やかな眼差しを思い出すたび、崇拝の気持ちが募る。
そんなセラフ様は今日も、私達のように数多くの者達をお救いなさっている。
奇跡を待ち望む人々は列を成して待っている。奇跡の力を受けた者達は歓喜し、むせび泣き、セラフ様に感謝を告げながら捧げ物を差し出している。捧げ物がない場合は、この村の為に働く意思を告げ、我々の仲間に加わった。
私達は、彼等の先輩にあたる。だから私達が見本となるようキチンと働かなくてはならない。
「モリー?これ運べる?」
私の名前を呼び、私と目を合わせるのは私と同い年くらいの少女アビゲイル様だ。彼女はセラフ様と共に育った方であり、私のことを見ても恐れないし、普通に接してくれる。
──あぁ、私はもう普通の女なのだった……
そのことが何よりも嬉しい。私は名前を呼ばれる度に涙を浮かべてしまう。
「はい!」
私はアビゲイル様のご命令に従い、料理を運んだ。
──あぁ、こうして私が普通に働けるのは何もかもセラフ様のおかげです……
あなたがいなければ、私はまだ暗闇の中だった。希望も愛も知らずに朽ちていた。セラフ様、貴方様は私の光。私のすべて。感謝してもしきれない。この気持ちは永遠に変わらない。毎日、貴方の存在に心から感謝し、神聖な喜びで胸がいっぱいです。セラフ様、ありがとうございます。貴方の為に私の全てを捧げましょう。
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