一年で二番目に夜が長い日 12/20

コーヒーの端

一話

 私は、明日、彼をデートに誘おうと思っている。理由は、明日が冬至だから。何でこの日の前日を選んだかというと、彼は天体観測が好きだから。

 天文学部に所属している彼は、いつも「冬至」の日は一人で天体観測に一晩中勤しむという噂を耳にした。私は考えた。安直だが、「冬至」に彼を天体観測デートに誘えばよいのではないか、と。上手くいけば、「これがかに座だよ。」とか、「あの星は綺麗だね。」とかおしゃべりできるかもしれない。

 それと、冬至の前日を選んだのには理由がある。欲張りかもしれないが、実際に会ってから、

「あっ。冬至の日を勘違いしていたみたい。やっぱり明日にしようか。」

 何て言う。そしたら、多分、

「せっかく会ったんだし、今日も何かしようよ。もちろん明日もね。」

 と、言ってもらえるだろう。

 我ながら名案だ。この作戦を使えば、二日間も一緒にいることができる。よし、いざ作戦開始。

 丁度いいタイミングで夕方のチャイムが鳴る。ほう、鐘の音までもが私の味方をする。これを開戦のゴングと洒落込んで、彼のもとへ向かおう。

 放課後の教室を脱出して、天文学部の部室の前に立った。少し緊張する。

 何故なら、私は彼と話したことがない。ドアを開けようとするも、頭の中で色々なことを考えてしまう。およそ十秒程、そのドアの木目やドアノブを観察してから、私の作戦はひどく、無粋であったかもしれないことを憂いた。

 私が彼と同じ部活に参加しているならまだしも、彼の大好きな「天体観測」をダシにして、彼に近づこうとすること。ましてや、一年の中で最も星を長い間観察できる、こんな日に。いや、前日か。とにかく私の作戦は浅はかであって、無謀である、という事をずっと心の底では理解していた。だけれども、それを受容したくなくて、無理やりに彼への恋心の大きさに寄りかかって、見ないふりをしていた。

「帰ろう。」

 肩を落として、自転車が停まっている駐輪場へ向かおうとした。その時の事だった。


「ブォン...ブォーン‼︎」


 何の音だ?遠くから、バイクの音が近づいてくる。確かに、この学校はバイクでの通学が許可されている。しかし、もう時間は放課後であって、音が遠のいていく事はあれ、近づいてくる事はないはずだ。いや、何か忘れ物をした生徒が、引き返して来たのかもしれない。このようにあれこれ思慮してしまうのは、私のあまり良くない癖である。もう何も考えず、真っ直ぐ家に帰ろう。

 三階から降りる、その階段がとんでも無く長く感じられた。一段、一段と下るにつれて、私の恋心が成就する可能性も真っ直ぐ下がっていくような気がした。別に、彼に誘いを拒まれた訳でも無い。なのに、何でかこの日を逃したら、もう二度と彼に話しかける事は叶わないような気がした。

 一年で二番目に長い夜の数分前、私は三階と二階の間の踊り場で、小窓から溢れる夕焼けの赤色に照らされていた。私には、その夜を知らせる赤いお溢れさえも、贅沢に感じられた。

 その夕焼けから逃げるように、一息に階段を駆け降りた。まだ、外からバイクの音が聞こえている。駆け足で、靴箱に到着する。

 そこで何となく、自分の靴箱からローファーを取ってから、そこにある砂やゴミを、床に払った。それだけで、何だか気持ちが晴れたような気がした。

 今日は二番目に夜が長い日。声に出して言ってみた。言ってから、感傷に浸っている自分が、少し面白かった。砂利道を歩いて、ローファーで駐輪場へ向かう。いつしか、バイクの音は消えていた。別に、そんなことはどうでも良くて今まで気づかなかった。



 ブォーン!



 突然、後ろから先程のバイクのエンジン音が聞こえた。



「掴まれ‼︎」



 そこには、大きな真っ赤なバイクに乗って、私に手を伸ばす天文学部の「彼」が近づいて来ていた。



「ええ⁉︎」



 状況を理解できず、ぎゅっと身を屈める。しかし、彼は私をタイミング良くキャッチした。そのまま、私をバイクに乗せた。そして、自分の前の小さなスペースにすとんと座らせられた。

「はい、コレ被って!」

 右手でアクセルをふかしながら、左手で私にヘルメットを被せてくる。怪我してない?と尋ねてくる彼は、天文学部の彼である。頷きながらも、全く状況を理解できず、彼に包み込まれるような形で目の前にあるバイクのお腹?のような部分に掴まった。この部分は、こんなに金属質なのか、と混乱で良く分からない事を考えた。彼が学校から飛び出し、恐らく一キロ程走ったところで、

「こ、これは何なの⁉︎ 何をしてるの?」

 ようやく状況を理解し始めて、彼に尋ねる。その時の私は、さっきまで感じていた悲しさとか、逆に彼とツーリングに興じた喜びなんかを自分の中に認めることはできないでいた。


「本当に危なかったよ。助かったのは、君と僕の二人だけだ。」

 

 彼が、バイクや私達の肩を切る風の鳴りに負けないように、大声で言った。足元で、ギアを上げる音が鳴って、それによってエンジン音が少しおさまった。

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一年で二番目に夜が長い日 12/20 コーヒーの端 @pizzasuki

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