せめて、あと一冊

牧太 十里

せめて、あと一冊

 DIYして住もうと思い、古い羊館風の家を安値で買った。

 土台も柱もしっかりしている。雨漏りもない。物理的瑕疵かしは問題ない。強いて上げれば、家の壁や窓に蔦が絡まり、庭は樹木が雑木林の如く変貌している。こんな事で家の値が安くなるとは思えない。


 気になり、隣近所で、この家に住んでいた住人について聞いてみた。周りは簡素な住宅街だ。皆、この家に住んでいた老女は何年か前に娘夫婦の家に行って、そちらで他界した、と言った。不審に思い、仲介した不動産屋に、家の元所有者を聞いてみた。この家に住んでいた夫婦の娘だった。不動産屋は、法的には何ら問題はない、と言った。


 その後、一階の床を修理しようと思ったら、突然、床が抜け、床下へ落ちて気を失った。


 気づいたら、床の本の上だった。時計を見たら1時間ほど過ぎていた。見上げると床に開いた穴が見える。穴の周囲に床を支える柱などがない。意図的に落ちるように作ったとしか思えない・・・。とにかく、ここから出なければ・・・。


 床の穴から差しこむ光に壁の周囲に照明があるのが見えた。スイッチを探してスイッチ入れた。照明を点いた。この部屋を見渡した。ここは周囲をコンクリートで囲った部屋だ。大きな机が一脚と椅子が一脚ある。壁には鉄製の本棚が一つ固定されている。本棚に本は無い。地下の書庫のようだ。

 この部屋の出入り口らしき扉がある。扉の取手をまわすが外から施錠されているらしく取手はびくともせず、取手の錆びが手にこびり付いた。

 扉から出るのを諦め、鉄製の本棚を床の穴の下まで動かせないかと動かしてみるが、本棚はコンクリートに固定され、こちらもびくとも動かない。


 鉄製の本棚の陰に、コンクリートの壁にもたれて座る人形のような物があった。もしやしてと思い、顔まで被っている上着を取り、そっと髪の毛を除けた。想像したとおり、それは干からびて白骨化した死体、白骨体だった。なんたこった・・・。


 再び床の穴を見上げた。穴の床板が他の床板より新しい・・・。この人は床の穴から落ちて、ここから出られなくなって餓死した・・・。この人は誰だ?誰がここに閉じ込めた?そんな事より、ここから出るのが先だ。・・・。


 床の穴の真下に机を移動してその上に椅子を載せ、椅子の上に積めるだけのだけの本を置いた。薄い本ばかりでうまく詰めない。厚い本を選んで積み、そっと静かに机に乗って、椅子の上に立った。穴に手は届かない。机も椅子もギシギシ音を立てて今にも崩れそうだ。

 飛び上がれば穴に手が届くかも知れないが、飛び上がった反動で机と椅子が崩れたら、ここから出る機会はなくなる・・・。


 もっとぶ厚い本はないか?せめて、あと一冊・・・。そう思って探すが本棚にも床にも厚い本はない。ここはヒンヤリしている。こんな所で夜を過すとなればコンクリートで冷える。一刻も早くここから出なければあの人のように餓死する・・・。

 そう思って白骨体を見た。白骨体は何かに腰を降ろしている。もしかしたら・・・。


 白骨体の腰の下にある紙包みを引き出した。包装紙に包まれた立方体の紙包みだ。

 包装紙を破くと有った!ぶ厚い辞書だった。

 その辞書を椅子の上の本の上に載せ、その上に立った。床の穴に手が届いた!

 やっとの思いで床の穴から這い上がった。

 白骨体が座っていた分厚い辞書は、運命の一冊だった・・・。


 その後、警察の調べで白骨体はこの家の住人だとわかった。住人を床の落とし穴に落したのは実の娘だった。老いた母親と古い家を処分するために・・・。


(了)

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せめて、あと一冊 牧太 十里 @nayutagai

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