リリィ第一皇女の夜が明けたなら

Aさん

あなたの夜が明けるまで

壊れていたのは世界でしょうか。間違っていたのは世界でしょうか。


考えたくない、これからあなたに朝が来ないなんて、おはようが聞けないなんて認めたくなかった。

本当に嘘が混ざっていたなんて信じたくなかった。


でももう諦めていた、私は裁きを下す所を見ているしか出来なかった。



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光輝く夜の街、魔力石で動く街灯が街を照らしている。

赤い煉瓦に反射した街並みは綺麗で目から離れないくらい脳裏に焼きつく。

あれを間近で見たのならとても楽しくて美しいのだろう。


どれほどの街行く人が歩いているのか、何を売っていたりするのだろう。

そんな思いを馳せながら綺麗な夜の街を今日も見つめていた。


ここを白馬の王子様が連れ去ってくれないのかと、儚く散る妄想を考えている。

「リリィ第一皇女殿下、終わりました。……では、そろそろ私は帰りますね。ごゆっくりお休みください」


「わかったわ、ありがとう」

クシで髪を梳かしてくれたメイドが一礼して寝室から出て行く。

ドアが閉まるとシンと静まり返った。


窓を開けて外を見てみると今も暖かい光が溢れている。

街は賑わっていて遠目に見つめるのが好きだった。こんな身分じゃなければ今からでも飛び出して見に行きたい。


だけども私はこの国の第一皇女。この貴族街より外には出たことのなくて、檻に閉じ込められているようなものだった。

お父様がそんなルールを設けなければ今からでもあの光に飛び込みたいくらいなのに。


でも国王だからそんな刃向かえるほどの力は私にはない。

どうしてもこの能力を抱え込みたいみたいだ。



「はぁ……私はなんでこんな所にいるの、私はもっと外の世界を見て見たい」


「リリィ第一皇女殿下がそんな望みがあるなんて、思ってたよりも意外だなぁ……」


声のした方向を見てみるとビュンと風が吹き込みカーテンが揺れる。

さっきまで何もいなかったのにいつの間にか男性が窓に座っていた。



街の光に照らされた男性はフードをかぶっていてその下には帯剣していた。

どこか闇を含んだような黒い短髪、吸い込まれるように綺麗な瞳は何となく白馬の王子様のように見えた。

私よりも背が高くて、……イケメンだった。


まずなんでこんな所にいるのだろうか。

ここは二階なのにここに来れた理由がわからない。


疑いの目を男性に向け、深く観察して凝視する。


「あなたは誰なの? なんでここに来たの? どこから来たの? なんで来たの??」

「ちょっと質問が多いですよ。まず自己紹介から僕はウィル、平民です。……僕はあなたに会いたくて来たんです」


ウィルと名乗る人は少し緊張したようにしていた。私に会いたいなんて突然言われてふいを突かれたみたいで少しドキッとしてしまった。

私に会いたいなんて言う人はいないのに。


「……私に会いたいなんて、どうしたのかしら」


「あなたをここから連れ出しに来ました」

「……私を?」


……私はここから出られるの? ……本当にこの檻の中から飛び立てるの?

そんな疑念が脳裏に浮かんでいる。

でも、ここから連れ出してくれるっていうこのウィルの隣にいるってことでしょ? それって……。


「あ、あの……」

「決めました?」


私は頬を真っ赤に照れさせて、思い切って話し始める。

「お友達からにしませんか?! ……だって私そんなまだお嫁さんになる練習もしてないし、まだ心の準備が……!!」


言い切った時にはウィルは困ったように頭を悩ませる。

「あの……リリィ第一皇女殿下? 僕まだお嫁さんにしたいなんてしゃべってないですよ?」


「ッ!?!?」

そういえばそうだったと思い出し、今ですらオーバーヒートしそうな頭が余計に爆発しそうになる。

ここからいなくなってしまいたいと思うくらいに恥ずかしさが込み上げてくる。


「リリィ第一皇女殿下って、天然なんですね……。可愛いです」

そんなふとした告白のような発言に照れが隠しきれない。

こんなにも恥ずかしいと思ったことが一度たりともなかった。


もう布団に潜り込み、まるまる私。

もうここで潰れてしまいそうなくらいの恥ずかしい発言の数々が頭の中を駆け巡る。


「……お友達からでしたっけ、僕もあなたなお友達になりたいです」

ウィルの優しい声から出てくる言葉は羞恥心がないのかというくらい恥ずかしかった。


「…………お、お願いします」

「これから友達ですね」


「僕は明日の夜にまた来ます、朝まで寝ないのは体を壊してしまうでしょうから今日らそろそろ帰りますね。……では」

ウィルの周りから風が吹いたと思ったら目の前には何もいなかった。


今までの話が全て嘘だったかのようにすんと消えた。

でもまた明日会えるかもしれないという淡い期待を胸に今日は眠りにつこうとするのだった。




======


次の日の夜、また窓を開けて待っていると風が吹き込む。

次の瞬間にはウィルはそこにいて昨日のことが本当だったのだと安心する。


「来ましたよ、リリィ第一皇女殿下」

「リリィでいいわ、お友達ですから……」


「じゃあ遠慮せずリリィって呼びますね」

ウィルの名前呼びは意外と強烈で、まだ耐えれそうにはなかった。

……こんな事にいつもならこんな風にはならないのに。


「どうかしましたか?」

「……何でもない」


「そうですか」

二人はクスッと笑ってしまった。




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この後から二人は急速に仲が良くなった。


毎日欠かさずウィルは来てくれる。

面白い話をしてくれたり、他愛もない話をしたり、お父様の愚痴を溢したり……。


とても楽しくてついつい話し過ぎてしまう。

そんな時間はすぐに過ぎてい朝になるまで話した事もあった。二人でおはようって言い合ってみたけどなんか特別だった。

嫌な事があっても明けない夜はないと教えてくれたことは今でも鮮明に覚えている。



たまにウィルがおやつを持って来てくれることもあって楽しかった。

毎日の夜が楽しみになるくらい仲良くなった。


コンコンとノックがして窓を開けるといつもと同じようにウィルがいる。

「今日はクッキーを持って来たよ」

「やった! ウィルのクッキーは美味しいんだよね!」


「それはよかった」

ウィルの持って来てくれるクッキーは手作りで甘くて美味しいんだよね。


窓を開けてバルコニーで二人クッキーを頬張る。

甘酸っぱさと優しい甘さが口いっぱいに広がると、ついつい笑みが浮かんでしまう。


「今日もリリィの歌が聴きたいな」

「いいよ!」


自信満々に答えた私は喉の調子を整えて声出しをしてみる。

「あ〜あ〜……、うん。OK」


私の歌は特別なようで相手を癒す効能があるんだとか。

お父様はそれを囲い込みたいようでこんな場所にずっといる。


「光を誘いこむように、春の空を抱いてあなたと幸せを掴む。手を繋いで歌えば何もかもが忘れられるわ、だってあなたといるんですから」


ウィルを包み込むように歌が浸透して行く。

その歌はあの街の光の様で、キラキラと光るシャンデリアよりも綺麗だった。

どんな音楽にも敵わないくらい綺麗な歌声は天使や神様の歌声の様。


歌い切るとパチパチと拍手をしてくれる。

「やっぱりリリィの歌声は綺麗だ」


半年も経てば二人は両片思いになっていた。

だけどまだ二人とも相手を好きと言ったことがなかったし、手を繋いでみた程度しか進展はなかった。


「……いつかあの街を歩いて散策したいね」

「あそこは綺麗だよ、僕もリリィと見て見たいな。歌を歌いながら手を繋いで歩きたいな」


「……そうだね!」


ウィルは懐から懐中時計を取り出し、時間を確認する。

「……、」


「どうしたの?」


「……なんでもない、大丈夫だよ。それよりも僕はそろそろ行かなくちゃ、おやすみ。リリィ」

ウィルに何か気に迷いがあるのだろうか。

自分に大丈夫と言い聞かせる様に安心させ、颯爽と帰る支度をする。

「おやすみ、ウィル」


これが最後に会った話だった。

この時に何か行動をしていれば良かったのだろう。

二人で恋に落ちてそのまま駆け落ちしたり、既成事実を作るくらいはしておくべきだった。




======


最近、ウィルが来なくなった。今までは来ない日なんてなかったのに。

ウィルの馬鹿……。


そんなことを考えていても意味がないだろう。

ドアがノックされ、メイドが入って来た。


「リリィ第一皇女殿下、今日は処刑をしなければいけないです。罪状は王位を揺るがそうとした罪です」

メイドは神妙な声と内容は私に言うのは似合わなかった。


「それを私に言ってどうするの? それを見ないといけないの?」


「…………えぇ、あなたにも関係があるので」

躊躇ったように話して事の重大さが詳細を聞かなくても理解できた。

「いつからかしら、」


「今日の夜に行います。その事に国王様に呼ばれていますので王城に向かいましょう」



そうしてこの部屋を出て王城へと馬車で向かう。

この馬車の窓から見える街をぼーっと眺めている。


頭からウィルの顔が離れない、早く会いたいと思っているのは恋なのだろうか?




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ドアを開けると目の前にはお父様がいた。

眼にクマが出来ているほど仕事熱心なようでいつも道理だなと感じた。


「……よく来たな、リリィ」

「おはようございます、お父様」


「その辺に座っててくれ」

お父様がこちらに気づくが仕事を続けている。

少しの挨拶をした後、私はソファーに腰を掛ける。


山のように積まれた資料は今にも崩れそうなほど高く、お父様の仕事の量が伺える。

だが、資料は乱雑ではなく、種類ごとに整理されていた。


カリカリと筆が鳴るだけの静かな部屋は何かウィルとは違った落ち着く感情になる。



「リリィ、ウィルという男を知っているか?」

お父様が手を留めて、私に思ってもいなかった質問が飛んできた。

少し悩んだのち意を決して話してみることにした。


「えぇ、知っています……。ですが何故お父様が知ってらっしゃるのですか?」

「じゃあ、リストリアス家は知っているか?」


「えぇ、敵国の伯爵家でしたよね……それがどうつながるのですか?」

私はこの話がどうつながるのかが全く分からなかった。

何か嫌な予感がヒリヒリとして、警鐘がガンガンと鳴っている。



「…………リリィ、ちょっと用事のある場所に行くぞ」

いつもより低い声で喋るお父様に私は無言で付いていく事しかできない。


そして連れられたのは地下の牢屋がある場所だった。

日が射さなくて暗く狭い牢が無数にあり、大人しい老若男女が捕らえられていた。



そしてお父様は一つの牢屋の前で立ち止まる。

「起きろ、リストリアス・。ここで面会だ」


お父様からウィルという名前が聞かれた時はただの勘違いだって言い聞かせていた。

だってさ、ウィルがそんなことをするはずがないって……信じていたから。


でも私の勘違いかもしれない……私は恐る恐るその牢屋に中にいる人を見た。

少しの希望も諦めていた、あの私が知っているウィルが目の前にいたのだから。


ウィルは私を見ると目を見開いて声が出ないくらい驚いていた。

いつもよりやせ細り、服はボロボロに変わっていた。

この状況に諦めているような眼をするウィルはいつものウィルじゃなかった。


「リリィ、僕は嘘つきだ……。リリィ、君を使ってこの国を崩壊させようとしていたのは本当なんだ……」


「……じゃあ、私といた時間は噓だっていうの?」

「それは違う!」

私が噓という言葉を口にするとウィルは全力でそれを否定した。


「君に会った時、……僕は動揺してしまったんだ。こんな綺麗な人に噓をつかないといけないなんて。こんな国を揺るがそうとしている噓つきスパイに恋をしてしまったんだ……」


言葉の節々になにか悲しさを漂わせていた。でもそれと同時に何か安心したかのような優しい顔を浮かべる。

なんでウィルはそんな顔をするの?


私があの時その事を知ってあげていたら、最後に会った時に好きだと言っていれば……。

そんな考えが脳裏を駆け巡り、何故ウィルの噓に気づいてあげられなかったのかという事で頭がいっぱいになってしまった。


「リストリアス・ウィル、お前は今日の夜に斬首刑だ」

「……承知しました」


これが現実なのだろうか? もしかしたら悪い悪夢なのではないだろうか。


「リリィ、そろそろ帰るぞ」

「…………はい、お父様」

私は唇をかみしめて別れも告げぬまま、この場を逃げるように去っていく。




======


地下から帰ってきた後の時間の流れはとても速かった。

何も考える事が出来ずにいた。


魂が抜けたかのように、死にそうな魚のように口をパクパクとさせていた。


気づけばもう斬首刑決行の時刻が刻一刻と近づいて来る。

私は冷えた外に羽織を持たずに出て、王城の広場へと向かう。


広場にはギロチン台が立てられていた。

長年使用したであろう刃には血の跡が付いていて、その鋭い刃が紐一つで落ちてくるのを想像すると身震いする。

続々と貴族が集まってきて、ウィルが死ぬところを見物に来たのだろう。


私は貴賓席に座って時間を待つ。隣にはお父様はお母様が座る。


しんと静まり返ったのち、一人の男が兵士に連れられ台に上る。

ウィルが台の上に登ると野次馬たちががやがやと騒ぎ立てる。



「静粛に! これからリストリアス・ウィルの斬首刑を執り行う」

お父様が執行を執り行い、周りはだんだんと静かになる。

ウィルがギロチン台に首を乗せる。


「リストリアス・ウィル、最後に言いたい事はあるか」


ウィルは少しの間だんまりとした後にこう話し始める。

「……リリィ、君の幸せを願っていたころには戻れないんだ」


知ってるよ、どうにもならないことも。

……でも嫌いになんてなれなかったよ。


目の前が見えなくなるくらいの大粒の涙がポツリポツリとこぼれる、服をじわりと濡らしていく。

「涙を止めるのって、どうやったっけ……?」


でも『またいつか光を歌いながら二人手を繋いで歩きましょう』って言ったよね。

『明けない夜はないと教えてくれたこと、私の手を引いてくれたこと』今でも覚えてるよ。


「あなたを忘れないよ……ウィル」

そう呟きながらいつの間にかウィルの近くまで歩いていた。


「リリィ、」

「……何?」


「本当に君が好きだよ」

突然の告白に少し動揺してしまう。

この涙が嬉し涙なのか悲し涙なのかわからなくなる。


あなたウィルがもっと好きになってしまうじゃん、もっと一緒にいたくなるじゃん………………。


「リリィ、」

「…………何?」


「君はどう?」


……そんなことは決まっているに決まっているでしょ、聞かなくても分かるのに。


涙を少し拭き泣き止むのを止める。

そして今できる限りの最大の笑みで答える。

あなたウィルが好きよ」


私の最後の笑みを見て、安心していつものウィルの顔に戻った。

そんな状況を運命を、この出会いを引きちぎるかのように残酷なまでに刃は落ちていく。




壊れていたのは世界ではなくて、間違っていたのはあなたウィルだったけれど。

噓で固められた世界でも、ごめんねあなたに生きててほしかったの。





                                       END


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読んでいただきありがとうございます。


面白ければ★★★、面白くなければ★。


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