双子の妹のVTuberオーディションに付き合う羽目になった兄の話
白千ロク
本編
VTuberあるいはVライバーとは、バーチャル――つまり、仮想現実の姿にて動画を配信する人のことである。いまやパソコンを使うことを前提とした最大手動画投稿サイトだけではなく、ライブ配信アプリもあるので、スマートフォンひとつあれば誰でも動画配信や音声配信が可能なのだ。動画や音声の編集だって、パソコンがなくとも専用のアプリがあれば事足りる。
そして最大手らしいVTuber・Vライバー運営会社である『スカルゲート』が第四期生を募集しているという。
これらは全て双子の妹からの話だが、オレ自身はVライバー・VTuberに対してはそこまで詳しくないので説明が難しかったりする。時々妹の推しVTuberの配信を一緒に見ている程度なんだから。いやまあ、一緒に見ているのではなく、『見せられている』が正しいんだけども。
憧れのVTuberに会えるかもしれない! とテンションが最高潮に達した妹はオーディションを受けたいと言い出した。「好きにすればいいんじゃね?」とのオレの言葉には、「どうせなら一緒に受けに行こうよ!」とこれまたテンション高く返された。付き添いはいいがオーディションを受ける気はないときっぱりはっきり返したというのに、妹の馬鹿力によってオーディション会場に来てしまいましたわ。引き摺られるようにして。聖女の力は馬鹿にはできないってか!?
こうなれば逃げ出すなんてことは無理であり、仕方無しに第二次選考オーディションを受けることになった。一次選考はもちろん、書類審査である。身内贔屓に見ても妹はかわいい美人なのだから、書類審査は楽勝だろう。
第二次選考オーディション会場はスカルゲートの事務所。二十階建てほどのビル一棟がまるまる事務所のものなのだから、そうとう儲けていそうだと思われがちであるが、そうではない。
――事務所所属の配信者たちはこのビルにある『配信の間』で、ほぼ全ての配信を行っているようである。個人情報が漏洩しないようにとの配慮から。社員やマネージャーもそうらしいが、配信者が暮らすアパートやマンションも事務所持ちだからまあ、儲けてはいるよな。
周りを見るに、かなりの人数が集まっていた。『顔で選んでるのかこの事務所は』と思うほど誰も彼も顔がいい。いくらバーチャルでも、顔面偏差値は高い方がいいからな。得だらけだし。オレはただの女顔なだけだし、見劣りが激しいな。
「お兄ちゃ――、じゃなかった、お姉ちゃん! ほら、早く行こう」
「やめろぉ! 現実を思い出させるな!」
オレはただの女顔なだけだ! オレはただの女顔なだけだ! オレはただの女顔なだけなんだ! 唇から漏れる声は妹と似たような声ではないし、妹よりも大きななにかは持っていないんだ!
死んだ目をしたオレはオーディション会場はこちらと記された矢印を辿っていく。引き摺られつつ――。
男だったオレが女となったのは、妹を助けたから。
バイト帰りに魔法陣に飲まれたあと、『世界樹の穢を祓ってほしい』と女神様に頼まれた妹とともに、異世界へと渡ったのはいまから3ヶ月ほど前になる。
神託を受けた巫女様から伝えられたとして、予め鍛えていた仲間たちとともに世界樹に向かったまではよかった。時間としては三日ほどかかったかな。元々、渡ったのはエルフの国だからね。一時避難場所としていた森の中から三日ほどだから、国としては大変だっただろう。
規制線として結界が張られていたにせよ、目と鼻の先にあるのは枯れる寸前のようなカラカラに乾いた世界樹で、その周りを筋肉隆々のドデカイ狼が何十体とウロウロしていた。狼も狼で、世界樹の穢に当てられて変質してしまったようで、一緒に閉じ込めたという。狼たちは番犬、いや、番狼だったらしい。
そして妹は、怖いもの知らずで突き進んでいった。いくら自分で結果を張れても、ここはゲームの世界ではなく、死んだら終わりの現実だ。慎重に行くべきなのに、アイツは正義感のみで突っ走った。
こうなった馬鹿を止められるのはオレだけで、だからオレは妹と狼の間に飛び出した。鋭すぎる爪の攻撃は案外痛みが少なかったが、確実に血液は失われていった。
「落ち着いたか馬鹿」
「ご、ごめっ、わ、私っ」
「謝るのはあとだ。見ろ、仲間がなんとかしてくれてるだろ。だから、お前はお前のできることをやれ。――聖女はお前だけなんだから」
意識を必死に保ちながら、それでも妹に告げる。ぎゅうぅぅと両手で強く握られた手が痛いが、オレはお兄ちゃんなんだから、ちゃんと妹を導く必要がある。
「大丈夫だ。やればできる。頑張れ」
ここで倒れたら世界が死ぬ。そう言外に滲ませて妹を見つめると、妹は頷いた。大きく。
「やる! 私はやる!」
うん。頑張れ。小さくなっていく声が届いたかは解らなかったが、意識が途切れたのははっきりと解った。次に目を開ければ、泣き腫らした妹の顔があったのだから。
聞くところによると、倒れたオレを庇うように妹は力を振るったらしい。時間がもったいないからと極大の魔法を使い、見事に女神様の願いを叶えたわけだ。
その褒美としてオレは生き返ったわけだが、女の子としてしか認められなかったという。――男であったオレは死んだのだから、生き返るのは自然の摂理が曲がってしまうと言われてしまえば、男としての生は諦めるしかない。
オレが目覚めるまで半年程経っていたらしいが、その間に妹は仲間であるエルフの騎士様といい感じになっていた。妹を大事にしてくれる人ならオレは大歓迎だと受け入れたのは言うまでもなく、オレたちは現代日本へと帰還した――のはよかったが、潜った髑髏が大口を開けた門、スカルゲートは消えなかった。見た目としては、某ピンクの丸い悪魔が敵を吸い込む感じか。ピンクの丸い悪魔と違い、可愛らしさは一ミリもないけども。
これは某リメイクしたオンラインゲームにド嵌まりし、三徹したらしい女神様がやらかしたのだった。家の庭に生えたままのスカルゲート。そこから始まる現代ダンジョンありきの生活。
地球に生きる者の記憶を現代ダンジョンありきとした女神様は土下座したが、ちゃんと寝てくださいで終わらせた。これ以上関わりたくなかったし。
お解りだろうか。最大手VTuber・Vライバー運営会社である『スカルゲート』は、仲間が立ち上げた会社である。配信はダンジョン配信もありなのだ。むしろダンジョン配信で稼いでいる。
オーディションに話を戻して、筆記試験は無事に終えた。受験ではないから、一般常識があるかを見ている問題であった。雰囲気は完全に受験だったけどな。受験なんか二度とやりたくないと思っていたのになあ……。
合否は三日後に書類に書いたメールアドレス宛に送られてくるようなので、さっさと家に帰りましたわ。終わってしまえば用なんてないし。
◆◆◆
第二次選考オーディションに合格したオレたちは再び事務所へとやってきた。前は百人ぐらいいたようだが、第三次選考オーディションは五十人ほどとなっている。話を聞くに、どうやら十人ずつの面接になるようだった。
緊張して吐きそうなオレとは違い、妹は楽しそうである。「面接には
渋い顔をしていたらしいオレの額に「とりゃあ!」と軽い手刀がくるが、受かったら変な名前になるかもしれないんだから、渋くなるしかないだろう。オレは嫌だよ、変な名前なんて!
そうこうしている内に番号が呼ばれて面接場へ。厳かな雰囲気に胃が痛くなるが、見知った顔に痛みが少し和らいだ。エルフ、エルフ、エルフ、エルフにエルフだ。エルフしかいないじゃないですか!? 顔面偏差値が高すぎて目が痛いっ!
ありきたりに「中の人を頑張ろうと思います」と言えば、美青年エルフにキリッとした顔で「中の人などいない」と言われてしまいました。彼はこの事務所の代表取締役社長。運営に並々ならぬ情熱を注いでいたりする。
なにを隠そうこの事務所のVTuberあるいはVライバーは剣と魔法のファンタジー技術と知識を持ってして、ガワではなく、VRMMOよろしく、キャラクターになりきることになる。一体化というのか、自分は自分という考えになるので、中の人はいないんだとか。そうですか、よく解らないですね。
ニコニコ顔のエルフたちの圧に引き攣った笑みを浮かべたオレはどうにかこうにか面接を終え、妹と一緒に一階受付脇にある自販機前のベンチにいた。
「はー、疲れた……」
「お姉ちゃん可愛かったよー」
「可愛くない」
ニヨニヨ笑う妹を軽く小突くと「よし、休憩終わり! 早く行こう!」とまたまた引き摺られてしまった。
――いやお前はどこに行く気なんだよ?!
◆◆◆
連れてこられた場所は先程の面接場。待ち構えていたのは仲間たち。
告げられたのは双子でデビューということで、オレは驚きに口をパクパクさせることしかできなかった。なんでそうなるんだよ!?
なんとか落ち着いたあとにデビューする気はないと反論するが、聞き入れてはもらえず、なんだかんだでVTuberデビューを間近に控えることとなった。
いやだって、『妹に会いたいからオーディションを開いた』なんて聞かせられたら、断るなんてオレには無理ですよ。
騎士として妹の傍にいてくれたいまや多忙を極める彼――代表取締役社長になにもしてこなかったわけだし。
オレが羞恥に堪えてるだけでいいのなら、妹のために一肌脱ぎましょう!
(おわり)
双子の妹のVTuberオーディションに付き合う羽目になった兄の話 白千ロク @kuro_bun
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