第2話

「で、今週の展開が凄かったの! まさかあそこであいつが復活するとは思わなくて……」

「はぁ……」


 いつもの放課後。

 私は凛梨の家に呼ばれていた。彼女が私を家に呼ぶときは大抵読んでいる漫画の展開について語りたい時なのだ。今日は展開が良かったというパターンだからまだマシだけど、今週の展開が微妙だったというパターンの場合は最悪である。


 何せ興味のない漫画についての愚痴を延々と聞かされるのだから。


 毎度毎度読まないと損だとか言って押し付けられるから、一応凛梨の好きな漫画は一通り読んでいるけれど。やっぱり私にはバトルの良さがいまいちよくわからなかった。


 そもそも私はこれまで生きてきて喧嘩なんてほぼしたことがないのだ。しかもその内訳は全部口喧嘩であり、取っ組み合いとか手が出るような喧嘩は一度もしたことがない。だからバトルのことはさっぱりなのである。


 でも、凛梨は違うんだろうな。

 今でこそキラキラ女子って感じだけど、昔はよく男の子と取っ組み合いの喧嘩とかしてたし。ああ、そういえば私が苦手だって言っているのに、捕まえたセミが大きくてすごいって自慢してきたこともあったな。


 ほんと凛梨って、昔から私のことなんてお構いなしなんだよなぁ。

 空気が読めないわけじゃないはずなのに。


「ことり、ちゃんと聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

「そ? で、今回はなんと! 私の推しが活躍して!」

「へー……」


 凛梨は目を輝かせながら、漫画の展開について語っている。

 毎度のことながら、一話でここまで語れるのはすごいと思う。正直全然ついていけないけど。


「……思ったんだけど、凛梨って他の友達には漫画の話とかしないの?」


 ふと、私は気になっていたことを聞いてみる。

 それまでマシンガントークをしていた凛梨は、口を止めて私を見つめてきた。

 すごい急ブレーキ。大丈夫かな。


「や、私の友達って漫画読まない子が多くてさ。薦めてもいまいち反応が良くないんだよね」


 それ、私も同じだと思うけど。

 なんて思っていると、それが伝わったのか、凛梨はふっと笑った。


「ことりはほら、別枠っていうか……むしろ私の話に全く興味ないからこそ話しやすいっていうか?」

「他の友達でも同じじゃない?」

「んー……なんか違うんだよなぁ。他の子は私がこういう話すると苦笑いしたりスマホいじりだしたりするけど、ことりってそうじゃないじゃん?」


 いや、まあ。

 興味はないけど、一応凛梨が話しているわけだから、ちゃんと聞きはする。スマホで見たいコンテンツとかも別にないし。


 凛梨が楽しく話せるなら、それはそれでいいと思うのだ。めっちゃ疲れるけど。興味のない話をずっと聞くのはそれはもう、死ぬほど疲れるけど。他にあんまり話せる相手がいないなら仕方ないと思う。

 これでも一応、昔からの付き合いなわけで。


「まあそんなわけで、他の友達には話さなくなったってわけ。……で、続き話していい?」

「はいはい」


 私は観念して話の続きを聞くことにした。

 彼女が淹れてくれた紅茶はもうすっかり冷めきっていて、カップに赤い線を残している。私はそっとカップに口をつけた。全くもっていつも通りの味だ。皿に盛られたお菓子もいつも通り、お饅頭である。


 凛梨は洋菓子が食べられないわけではないのだが、和菓子の方が好きらしい。ケーキとかすごい生クリーム使われてるもんなぁ。


 私はどちらかといえば洋菓子の方が好きだけど、それは一度も彼女に言ったことがない。なんとなく、悪い気がして。


「凛梨って、ほんとそのキャラ好きだよね」

「空くんのこと? そりゃ好きだよ! 連載が始まった時からずっと推してるから!」

「ふーん……どの辺が好きなの?」

「普段はふんわりしてて可愛い感じなんだけど、打ち解けた相手にはちょっと雑なとことか、敵には容赦ないとことか!」

「そうですか」

「自分で聞いたのに興味なさすぎじゃない?」


 私は少女漫画を読んでいても、クールキャラよりも俺様キャラの方が好きだ。俺様キャラの人って現実で見たことないし、そんな人が主人公にだけ執着してちょっと子供っぽい一面とかを見せてくるのがいいよね。


 なんてことを凛梨に言っても、きっと共感してもらえないだろうけど。


 思えば凛梨の好きなキャラって昔からクールキャラだった気がする。二面性のあるクールキャラが特に好きなんだよなぁ。初めて見せてきた漫画にもそんなキャラがいたし。


 ギャップがあるときゅんとくるっていうのはわかるけども。

 お饅頭に手を伸ばそうとすると、不意に凛梨が私を見つめていることに気がついた。あっと思った時には、彼女は身を乗り出してくる。


「な、なに?」


 凛梨は何も言わずに、至近距離で私を見つめる。

 おいおい、と思う。いきなりこんな近づかれても、困る。吐息がかかりそうなほどの距離に、私は体をこ強張らせた。


 こうして近くで見ると、凛梨って綺麗だなって強く感じる。

 まつ毛長いし、目も大きいし、全体的に顔が整っているし。


 いや、別にそんなのどうでもいいんだけど。凛梨が可愛いなんてこと、十年前にはもうわかっていたことなのだから。


「思ったんだけどさ」


 普段とは比べ物にならないくらい、凛梨の声は真剣だ。

 私は目を丸くした。


「ことりって、ちょっと空くんに似てるかも」

「……はい?」


 空くんは身長180センチ、好きな食べ物はどら焼き、黒髪短髪で氷使いの男の子だ。


 ……私と被っている要素が一つもなくない?

 私は身長150しかないし、好きな食べ物はケーキだし、髪長いし茶色だしどっちかっていうと体温は高い方ですが??

 日本人だってことくらいしか共通点がないよ?


 というか空くんのプロフィールを普通に思い出せる自分が怖いよ。どんだけ凛梨に情報を流し込まれてきたんだって話である。


「いや、ほら。ことりも学校だとゆるふわな感じだけど私の前だと雑な感じだし。敵には容赦ないじゃん?」

「私、空くんと違って敵と戦わないんだけど……」

「んー……」


 凛梨は何かを考え込むような仕草をしてから、笑った。


「ね、ことり。ちょっと『お前、うるさいよ』って言ってみて?」

「え、やだ」

「お願い! 絶対似合うと思うんだよ! 私の命を救うと思って、どうか!」

「大袈裟すぎだし。えー……」


 どうして私が空くんの決め台詞を言わないといけないのか。今日は凛梨が私を甘やかす日なのだから、むしろ私が彼女に何かを要求したい気分なのだが。


 肩揉んで、とか。

 いや、それは甘やかすとはちょっと違うのかもだけど。


「アニメ化されてるんだから、そのセリフなんていつでも聞けるでしょ」

「それはそうだけど! 声優さんの低音ボイスが良すぎて毎日リピート再生していた時期が私にもあったけど!」


 そんなことしてたんだ。空くん愛が強すぎる。

 いや、それは別にいいんだけど。


「やらないから。ていうか、今日は凛梨の番でしょ。ちゃんと私のこと甘やかさないと駄目でしょうに」

「うっ。こ、ことりちゃーん。おいでー……?」


 下手すぎる。

 毎回思うんだけど、凛梨は甘えさせるのが絶望的に下手だ。私に甘える時はもっと自然体なのに、どうして私を甘させる時はこんなに芝居がかった感じになるのか。これじゃ甘えるに甘えられないのだが。


 とはいえ、元々凛梨を甘えさせたかっただけだから、私が甘える必要はないんだけど。一応交代で甘えさせ合うってルールなわけだし、私もちょっとは甘えてみたいって気持ちがある。


 うーん。

 私は仕方なく、彼女の膝の上に座った。


「おーよちよち。お菓子食べる? お茶飲む? それともぎゅってしてあげよっか?」


 甘やかすっていっても、赤ちゃん扱いをする必要はないと思います。

 私はため息をついた。


 凛梨って見た目は大人っぽいのに、こういう時は全然なんだよなぁ。もっと余裕たっぷりに抱きしめたりしてくれれば、私も普通に甘えることができただろうに。


 私はぐるりと体の向きを変えて、凛梨を見つめた。

 凛梨の体が、少し強張る。


「凛梨」


 私は彼女の耳元に唇を寄せた。


「——お前、うるさいよ」


 びくりと、彼女は面白いくらいに体を跳ねさせた。

 私はくすくす笑って、彼女から離れる。


「な、なっ……! ちょっ、不意打ちは反則でしょ!」

「言ってほしがってたのに。注文が多いよ」

「……そういうの、どこで覚えてきたわけ?」


 彼女は私を睨んでくる。意外に初心というか、なんというか。ちょっと囁いただけでここまで驚かなくても、と思うんだけど。


「……やる」

「え?」

「私もやる!」

「ちょっと、凛梨?」


 凛梨に手を引っ張られて、そのまま彼女の胸に飛び込むことになる。

 凛梨はなぜか何度も深呼吸をしてから、私の耳元に唇を寄せてきた。

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