知り合い以上友達未満な幼馴染と互いを甘やかし合う話
犬甘あんず(ぽめぞーん)
第1話
友達の条件とは何か?
価値観が合うこと? 趣味が同じなこと? それとも、なんとなく波長が合うこと?
わからないけれど、何かしら自分と同じ要素があるから人と人は友達になるのだと思う。そうじゃなきゃ一緒にいても楽しくないだろうし。だけど人というのは複雑なもので、価値観も趣味も波長も合わない相手と一緒にいてしまうこともあるのである。
そう、ちょうど今の私のように。
「
「え? あー、そうねー……」
凛梨は丁寧に爪を塗っている。いつもはお気に入りの匂いで満たされている私の部屋が、彼女のマニキュアの匂いによって侵食されてしまっていた。マニキュアというのはどうしてこんなにも変な匂いがするのだろう。いつか自分の爪を塗る日が来るとしても、絶対自分の部屋では塗らないと私は決めている。
変な匂いになるの、嫌だし。
私は匂いにはうるさいのだ。今部屋に置いているアールグレイの匂いのディフューザーだって、何日もかけて選んだものである。サンプルの匂いって嗅ぎすぎると段々どれが好きな匂いなのかわからなくなってくるから、何日かかけて本当に好きな匂いを探したくなるんだよね。
……ってのはいいんだけど。
「なんで人の部屋で塗るの? 自分の部屋でやってよ、そういうのは」
「いや、自分の部屋がこの匂いになるのはやだし」
「私の部屋ならいいんですか……?」
私と
物心ついた頃にはもう凛梨は私の隣にいた。私がおままごとをしていれば謎のヒーローの人形を片手にバトルを仕掛けてくるし、少女漫画を読んでいたらバトル漫画を全巻押し付けてくるし、学内で人気の先輩の話をしたら「でもあの人三股してるらしいよ」とか言ってくるし。
なんというか、こう、合わないのだ。
価値観とか趣味とか波長とか、諸々全部が。
私はバトル漫画より少女漫画が好きだし、凛梨とは違って基本インドア派だし、髪も染めないしネイルもしない。メイクだってナチュラルな方が好きだ。凛梨は私と正反対で、毎週バトル漫画を読んでいるし休日は友達と遊びに出かけるし、見た目も派手なのである。
何もかも正反対な私たちが今も一緒にいるのは、昔から知り合いだからっていう理由だけだ。もし私たちが高校で出会っていたら、きっと友達にも知り合いにもなっていなかっただろう。
「ていうか、なんでマニキュアしてるの? この前までつけ爪にハマってなかった?」
「つけ爪じゃなくてスカルプね?」
「すか……?」
「スカルプはつけ爪と違って……んー、まあいいや」
「なんでもいいけど、あれやめたの?」
「まーね。飽きたから」
「ふーん……そんな頻繁に爪いじってて荒れないの?」
「その辺はうまくやってるから。爪は女の命だからね」
「髪じゃなくて?」
凛梨は昔から飽き性だ。自分から誘ってきたくせに私より先にやめるなんてしょっちゅうだったし。強くなりたいとか言って一緒に空手やろうって誘ったのに、一ヶ月でやめた時はどうしてくれようかと思ったものだ。結局私は数年間空手をやり続けることになった。
あれはあれで楽しかったけれど、中学では部活に専念したくてやめたんだよなぁ。
ちなみに中学の頃の部活は、私が文芸部で凛梨がテニス部だった。最初は凛梨も文芸部に入っていたのに、数ヶ月でやめてテニス部に入ったんだっけ。
ほんと、呆れるくらい飽き性だ。
私は一つのことを長く続けるタイプだから、そこも凛梨とは正反対である。
「ことりもなんかやればいいのに。せっかく素材がいいのに、活かさないともったいないよ」
「そういうの、よくわかんないし」
「わかんないなら私が教えるって。なんなら爪、一緒に塗ってあげよっか?」
「ううん、いい」
「なんで? いいじゃん、お揃いにできて」
凛梨の趣味は派手すぎるのだ。ラメ入りの爪なんて絶対やだ。
そもそも凛梨が何かとお揃いにしようとするから、私のスクールバッグは今悲惨なことになっている。彼女が買ってきたマスコットが何個もついているせいで見た目がゴテゴテしてしまっているし、引っかかるし汚れるしで悲惨なのだ。
しかも凛梨はもうバッグにマスコットつけてないし。
私も別に外したっていいんだけど、ちょいちょい凛梨がマスコットつけてるか確認してくるから外すに外せないのだ。
飽き性な凛梨はともかく、そうじゃない私がマスコットつけるのやめたら、なんか変な意味を感じさせちゃいそうだし。それで凹んだりしたら可哀想っていうか……。
いや、それで私が窮屈な思いをするのも不公平だと思うんだけど。
汚れてきたマスコットを洗うために休日の貴重な時間を使っていることを、凛梨は知らない。私が勝手にやってることではあるけども。
不公平だ。実に不公平である。
ほんと、なんで私ばっかりこんなあれこれ気にせにゃならんのか。
「……はぁ」
「どしたん、いきなり」
「別にー。凛梨ってお揃い好きだよなぁって思って」
「ことりが興味なさすぎるだけだって。自分からお揃いにしようって全然言ってこないし」
お揃いのものってそんなにいいかなぁ。
幼い頃から散々凛梨にお揃いのものをプレゼントされてきたのだが、あんまりいいと思ったことがない。それは趣味が合わないせいでもあるし、あまりにもお揃いのものを渡される頻度が高かったせいでもある。
世間一般的な友達というのは、そんなたくさんお揃いのものをプレゼントしたりするものなのかな。
凛梨と私だったら絶対凛梨の方が世間について詳しいだろうし、単に私が世間知らずなだけ? うーん、でもなぁ。
「お揃いが多すぎるの。小学生の頃なんて、ランドセルも筆記用具も筆箱も全部お揃いだったじゃん。あれ、めっちゃ恥ずかしかったんだけど」
「えー。私は嬉しかったけどね」
「……む」
そう言われると弱い。別に私は凛梨のことが嫌いなわけじゃないのだ。ただ、根本的に合わないってだけで。
思えば凛梨は私のことをどう思っているのだろう。あんまり考えたこともなかった。
「……よし、塗れた。しばらく乾かしてないとだから、何か話してよ」
「スマホ見てなよ」
「指使うとよれちゃうかもだし。ほら、早く早く」
「もー、しょうがないなぁ」
凛梨はわがままだ。
いつもいつも私に無茶振りばかりしてくるし、変なことに付き合わされることもあるし、正直友達とは呼べないと思う。じゃあ一体私たちの関係をどう称すればいいのかは、未だわからないままだ。
赤の他人ってほど遠くはないし、友達ってほど近くもない。
他人以上友達未満、的な。
あはは、なんじゃそりゃ。
「凛梨、こっちおいで」
「……あれ、今日ってことりの番だっけ?」
「ううん。今日は凛梨の番だよ」
「え、じゃあ……」
「いいから、おいで」
「……うん」
私が手招きすると、彼女は私の許までやってきて、膝にすっぽりと収まる。
私たちは友達とは呼べない、強いて言うならただの幼馴染だ。そんな私たちは最近、ちょっとした遊びをしている。それは、互いを交代で甘やかすというシンプルな遊びだ。甘やかす方と甘やかされる方は一日ごとに入れ替わるというルールになっている。
確か凛梨が疲れていそうな日に私が彼女を甘えさせたら、私もことりのことを甘えさせてあげる、と言ってきたのだ。それからなんとなくお互いのことを甘やかすのが日課になって今に至るというわけである。
別に私は凛梨のことが好きでも嫌いでもない。だから甘やかしたいってわけではないのだけど、疲れている時くらい甘えさせてもいいか、とは思うわけで。
今日の凛梨は疲れていそうではないけれど、まあ。
なんとなく、私の方がそんな気分なのだ。
「私、声あんま大きくないから。これくらい近い方が、ちゃんと聞こえるでしょ」
言い訳のような言葉が口から出てくる。
それに対して彼女がどう思ったのかは、わからない。顔が見えないから。
私は彼女の頭を軽く撫でた。金色に染められた髪は、昔とは触り心地も違った。ブリーチってやつのせいなのかな、と思う。
「最近学校の近くに新しいお店が出来たらしいんだけど……」
「あー、あの最近流行ってるやつ?」
「そう。凛梨は行ったことある?」
「や、私ああいう系はちょっとなぁ」
「あはは、凛梨って油に弱いもんね」
「そうなんだよー。そのせいでホイップ入った飲み物とかもちょっとしか飲めないし……」
私はくすりと笑った。
何もかもが合わないのに、好きなものとか嫌いなものとかは知っている。
それってなんというか、かなり不思議なことだよなぁ。
普通、好きでも嫌いでもない相手のことなんてそう多くは知らないはずなのに。
昔から一緒にいるってだけで、知っていることが増えていく。だけどそれは、決して嫌っていうわけではなかった。
私は凛梨の爪が乾くまで、彼女の頭を撫でながらくだらない話をした。
明日もこんなふうに、なんでもない一日を凛梨と一緒に送るんだろうか。
そう思うと、なんだかおかしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます