ももいろ桃子の物語 (下)

北前 憂

其の一

          壱


 霊峰 天柱山。


この遠く、大きな山へと繋がる山々に、それぞれ神様が居ります。

生まれて初めての貴重な旅でお供に付いてくれた神々様。

織流、久留そして雉子(きぎす)。


桃子はこのそれぞれの山の神様のために、祠を建てたいと大坊さまに相談をしました。

大坊さまは「それは良い事」と賛成してくれて、村の衆も交えて話し合いが行われました。


村に一番近い山には犬が。山々を挟んでその隣の山には猿が、その向こう、天柱山に一番近い山には雉(キジ)が。それぞれ山を守って下さっておるという話しを、大坊さまの口から話して頂きました。

桃子が彼らと共に旅をしてきたのですが、桃子にとっても信じられないような経験を、村の人たちに分かってもらうのは難しいと考えました。

そこで、旅の話しをするよりも大坊さまから提案して頂いた方がみんなも分かりやすく、そして賛成もしてくれやすいと、二人で相談したのです。



村の人たちは、山の神様が居らっしゃるのなら祠は建てたほうが良いと、みんな賛成してくれました。

かなり昔、天柱山に一番近いキジの山には、それは立派な祠があったらしいと言うのを誰かのひいおじいさんが話していたそうです。

最後に泊まらせてもらったあの小屋だと桃子は思いました。

祠を建てて、みんなが安心して行き来出来るようになったら、いつか天柱山へ、またはその向こうの村へとまた人が行き交う様になるかも知れない。そうなって欲しいなと桃子は思いました。


石打ちの村人が造った犬の像に、大坊さまがお祈りして初めて御神体が出来ます。

自然をなるべく壊さないように道が作られ、そこを村の衆たちと登って、山頂の木陰に祠が建てられ、その年の秋には無事御神体を納めることができました。


大坊さまが、「祀られたこの山をなんと呼ぼうかのう」

と桃子に尋ねました。

鬼の力を失っても、村の人たちは桃子を特別な子として今も認めてくれています。

桃子は「" おるが山 ” というのはどうでしょう」とみんなに尋ねました。

「良き名じゃのう。して、その意味とは?」

大坊さまに訊ねられ、桃子はその意味を話しました。

「" イヌ ” とは、字にすれば " 犬 “ ですが、言葉の音として " 居ぬ ” つまり、 “ 居ない ” ともなり得ます。ここには神様が居らっしゃるので、いつでも" 居(お)る ” という意味を持たせたかったのです」

この言葉には大坊さまも村人たちも感心して、やっぱり桃子は賢い子だなとみんなで賛同してくれました。


もしかしたら織流も、そんなつもりで名乗ってくれたのかも知れない、と桃子は思います。

もともと名前など無かった山の神々たち。

自分の名前を言う時、「いつでもそばにいる」

そんな思いを込めてくれたのではないかと、今になって桃子は思うのでした。



全員で御神体に手を合わせ、村へ下って行きます。あたりは夕暮れ近くになっていました。

桃子は「先に行ってて」と声を掛けて祠へ戻りました。

そして出来上がった立派な犬の像にの右足に、そっと布を巻きます。

織流から返してもらった、大切な思い出の裾でした。

「オル、おうちが出来て良かったね。また、今度は一人で来るからね」

そう声を掛けて、桃子はみんなに追いつくように駆けて行きました。



          弐

 

 三つの山にそれぞれ御神体を奉り、二つ目の山には " くるが山 ”、三つ目の山には " きぎす山 “ と名付けられました。

二つ目の山の神は猿ですが、" さる “の言い方は " 去る “ とも聞こえるため、去って行かない様にという願いを込めたという思いを桃子が語りました。

三つ目の山を “ きぎす ” と付けたのは、大坊さまが「この山の神様はキジじゃから、そのままが良いじゃろう」と言ってくれたからです。

どれも大坊さまが桃子から話しを聞いていたので、後押ししてくれました。


きぎす山の祠は、昔建てられていた場所になるべくそのままを再現する形で作られました。これには桃子が泊まらせてもらった記憶を頼りに大坊さまが絵を描いて、「この通りに」と伝えて建てられました。



それぞれの山に御神体が奉られてから、桃子は一人でみんなの山に行ってみようと思い立ちました。


一日で行って帰る事は出来ないので、おっ父さんとおっ母さんにきちんと伝えてから出掛けます。

出発の時に二人が「皆様によろしゅうね」と言ってくれた事が桃子は嬉しくて、

「ありがとう。うん、行って来ます」と二人を抱き締めました。



廃村の集落を通りがかる時、

(いつか誰かがまたここに住んでくれるといいのにな)と思いました。

鬼さんたちが作った村だけあって、家々はまだその形をしっかりと残しています。いつでも人が住めそうでした。


 

 みんな、私の事を覚えてくれているだろうか。  

 あの時約束してくれたみたいに、本当に出迎

 えてくれるだろうか。


15の歳になった桃子はだいぶ長いこと時間が過ぎてしまった様な気がして、少し不安を感じていました。



織流の山の木陰でおにぎりを食べます。すぐ傍の祠には御神体が飾られていて、中を覗いて見ましたが犬の像があるだけでした。


「それはそうだよね」

桃子が離れようとした時、あることに気が付きました。

「あ、裾の、お守りが…」

御神体の足をに巻きつけておいた、破いた裾がありません。

「…来て、くれたんだ…」

きっと織流はここに来て、あの布に気づいてくれたのでしょう。

" これはお守りだ “ と、いつか話してくれたみたいに、今もお守りにしてくれているに違いありません。


「織流…」

少し寂しそうに呟いた時、後ろでカサッと音がしました。

振り返ると、そこには立派な真っ白い犬が、前足に白い布を巻いて座っています。

「オル!」

桃子と同時に織流も駆け寄りました。

「オル!会いたかった…!」

桃子は大きな犬の姿の織流を力いっぱい抱き締めます。織流もそれに応える様に体を擦り寄せました。

「本当に来てくれて、嬉しいよ!」

オルはお座りをして、後ろを振り返ります。

桃子もその方角に目を向けると、茂みの中からメスと思われる白犬と、小さなたくさんの仔犬たちが現れました。

母犬は少し遠慮がちにゆっくりと、仔犬たちは元気いっぱいで我先に織流と桃子の方へ近寄ります。

「家族が出来たんだ…!すごい、すごいよオル!素敵だよ!」

嬉しくてたまらず、桃子は何故か涙が出てきました。

仔犬たちは桃子に何かを感じたのか飛びついたりしがみついたりしてペロペロ舐めてきます。

「あははっ!くすぐったい!ありがとう、みんな元気だね!」


久しぶりの再会を、思わぬお披露目に心躍らせながら、桃子はゆっくりと時間をかけて過ごしました。



          参


「またくるね」

そう言って桃子は次の山に向けて出発しました。

一匹の元気な仔犬が飛び跳ねながら桃子のあとをついてこようとしていたので、途中から母犬に咥えられて連れ戻されました。

「今度はゆっくり遊ぼうね!」


ずっと見送ってくれるオルの家族に手を振りながら、桃子は久しぶりの山を暖かい気持ちで下って行きました。



以前、織流と一緒に泳いで渡った川に差し掛かりますと、村の人たちが作ってくれた細く小さな橋が見えます。

川面のすぐ上なので、なるべく揺らさない様に慎重に渡りました。

 (この川で、オルが魚を獲ってくれたっけ)

まだ、命を頂くという事に馴れなかった頃の思い出が蘇ります。そういえば、久留に初めて出会ったのもこの辺りでした。


 クルは、どうしてるかな。


御神体を目指して歩き始めると、風もないのにまわりの林がザワザワとしてきました。

無数のサル達が木々の間を飛び交っています。生き物に慣れているはずの桃子でさえぎょっとするような数でした。縄張りに入った人間を警戒しているようです。


サル達が徐々に桃子との距離を縮めようという時、

「ウキャアーォオーウ!」

というものすごい声がして、周りのサル達は一斉に静まり返ります。


森の奥からゆっくりと姿を表した大きな猿。

言葉を交わさなくても、それが誰だか分かります。

「クル…」

悠然と、周りの者たちを静かに従えながら、彼は姿を見せました。

「見違えたね…、クル」

山の神として、森を治めるものとして、その風格には、旅で見せていたおちゃらけた雰囲気は一切ありませんでした。

……が。

桃子の傍に来るなりピョンッとジャンプして、その肩にドスッと飛び乗ります。

「おふっ!」

突然の重さに思わず声が漏れましたが、大猿の久留は嬉しそうに桃子の頭をくしゃくしゃに撫でまくります。

「ちょ、ちょっとクル!痛い痛い!そして重たい!」

髪を好き放題されて涙目になった桃子は、久しぶりの友達との再会を喜びました。

周りのサルたちは唖然として、大猿さまの見たこともない姿をただじっと眺めます。

「嬉しい、嬉しいよクル!本当に元気に迎えてくれて!」

大きなクルを肩車をしたままで桃子はぐるぐると廻りました。ついにはクルもろともバターッと倒れて

「め、目が廻った…」

と大の字に寝っ転がります。さすがのクルは素早い身のこなしで、倒れる瞬間にヒョイッと桃子から離れました。


久留が葉っぱを川で湿らせて、桃子の頬っぺたにペタッと引っ付けます。

「冷たっ!ちょっと〜、クル〜!」

葉っぱを自分の手で押さえて、

「気持ちいい…。やっぱり優しいね、クルは…」

と桃子は目を閉じました。


仰向けに寝っ転がった桃子の傍で、久留は何も言わずに座っています。それでも二人の間には、言葉など必要のない大切な時間が流れました。


 

          四


 桃子の大好物だったあの木の実を、両手で抱えきれないぐらい久留が持ってきました。

「わあ!ありがとう。…気持ちは嬉しいんだけど、これから雉子さんとこも行くから、ちょっと持って行けないかな…」

久留はちょっと残念そうに見えましたが、量を減らして桃子に持たせました。残りは他の仲間たちに分け与えましたが、しっかり自分の分は確保してます。

「相変わらず抜け目のないこと!じゃ、行ってくるね」

 一緒に雉子の所に行きたいのか、途中まで桃子にくっついて歩き出した久留。その山神さまを、仲間の猿たちが全員で引き留めます。

(本当に、いつまでも相変わらず愉快な久留!)

桃子は笑顔で手を振ってまた歩き出しました。

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