うちのお嬢様が挑発的過ぎる
忍者の佐藤
第1話 本
夜も更けてきたころ、俺は屋敷1階の浴場へ向かうために自室を出、燭灯の等間隔に並ぶ2階の廊下を歩いていた。
大理石の貼られた廊下は燭灯とそこを歩く俺の姿をはっきりと映し返している。
その広さと相まって不気味な雰囲気の廊下はボンヤリした明かりに包まれていて頑なに静かだ。
木造の家屋で育った俺はどうしてもこの独特の静けさに慣れることが出来ない。
真っ暗な窓の外を見ながらふと、この屋敷で暮らし始めてどれくらいになるだろうと考える。
今でも不思議に思う。
それまで祖国の「鶴(つる)義(ぎ)」(*この世界での日本にあたる国)を出たことのなかった俺が密命を受け祖国とは国交のない帝国から要人の一人娘を搔(か)っ攫(さら)うことになり、しかも幕府の命令でその娘の護衛(ごえい)として一緒に屋敷に住むことになろうとは、いくら妄想力53万の俺でも妄想しきれなかった。
いや一緒に住むと言っても決して桃色の同棲生活を送っているわけではない。
当たり前だが俺の任務はその娘を守る事であり、何があっても彼女に手を出すことは許されない。出した瞬間首が飛ぶ。直接的に飛ぶ。飛んで飛んで祖国へ戻って衆目にお披露目されることになる。そう。お嬢様に手を出す=俺にとって死を意味するのだ。
しかし俺の職業は忍者。耐え忍ぶ事を生業(なりわい)とする者。
その忍者の中でも飛び抜けて理性的(へたれ)な男こそこの俺、猿渡(さるわたり) 勝平(かっぺい)である。
俺はお嬢様に一切手を出す事なく全てを処理する情報処理能力を持っている。
例えば妄想の中で頭を撫でてもらったり、耳掃除してもらったりするなんて朝飯前だ。更に妄想の中で尻を叩いてもらったり、ろうそくを垂らされたり、100回回って「ワン」と言わされたりしている場面まで仔細に思い浮かべることができる。うん。一切問題ない。
いや、実は問題無くもない。
ここでいう問題とは俺の性癖が気持ち悪すぎるとかそういうことではない。
問題はそのお嬢様が事あるごとに、俺にちょっかいを掛けてくることだ。
ちょっかいと言うと何か可愛く聞こえるかもしれないが、それはもっと攻撃的な、そう。「挑発」と言った方が正しいかもしれない。
しかも俺が手を出せないのを良いことに彼女の挑発は徐々に度を越し始めている。
俺は毎日挑発を受けている。
性的な挑発を受けている。
真綿で首を締められるかのような挑発を受け続けている。
おかげで俺の首回りは10cmほど細くなってしまった。
それは冗談だが何か手を打たないと俺の理性が大爆発を起こしかねない。
その爆発は今まで耐えて耐えて耐え抜いてきた分すさまじい爆発になるだろう。
俺はコッテリとした装飾の施された木の階段を下りながら、今日も例のお嬢様が俺の右腕に抱き着いてきた時のことを思い出していた。正確には俺の手に押し当てられた胸の感触を思い出していた。
その柔らかな感触はこのまま人生を終わりにしても良いかと思わせるほど心地の良い気分にさせてくれるものだった。
あの感覚を忘れないまま今日は寝床に就こう。よし。
一階に降り、浴場につながる西側に曲がる。
向かって廊下の左手側に巨大な貴賓室(きひんしつ)があり、
右手側には手前から「控えの間」、「応接室」、「図書館」と続く。
ふと応接室のドアが開け放たれて光が漏れていることに気づく。
誰かいるのだろうか?
3人いるメイドのうち年少の双子は使用人の部屋に下がっている時間だ。考えられるのは例のお嬢様か、年長のメイド「アンナ」のどちらかだ。
俺はごく自然に応接室の前を通過しながら中を覗いてみた。
開け放たれたドアから見えたのは、椅子に座り本を読むお嬢様「フィアールカ」と、そのすぐ後ろで控えているメイドのアンナだ。
両者ともコチラに身体を向けているが目を伏せているため俺には気付かない。
なんだ2人共いたのか。と思ったのも束の間。直感的に絡まれそうだと感じた俺はそのまま応接室を素通りした。
大丈夫だ。俺は足音を消して歩く術(すべ)を備えているから気付かれていないに違いない。
「サルワタリ様」
背後から暗い屋敷に凛(りん)と響く声がした。
振り返る先に立っていたのはメイドのアンナだ。
「フィアールカお嬢様がお呼びです」
普通にバレてたよ。
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